FTF東北行脚

石巻~陸前高田

 12月28−29日 年の暮れも差し迫った同日に東日本大震災リハビリネットワーク~facetoface(ftf)の活動の一貫として東北に出向きました。現在震災後3年が経とうとしている中で、ftfにおいては活動記録などの冊子がありません。やはりやったことはしっかりとまとめて、後世に残していなければ貴重な体験や財産が失われていきます。記憶の新しい時期に本来はやるべきところですが、実際には3年目に突入してしまい、もうこの時期に改めてまとめを刊行しようとする動きは少ない気がします。書籍においても、貴重な記録のものが沢山でています。克明に記録を残していくことで、臨場感を伝えることが出来ます。まだたったの3年ですが、いずれは震災を経験していない世代が生まれ、そして大人になってきます。2代~3代となるうちに、当然記憶は薄れていきます。戦後の記憶もその当時成人していた人たちが90代になろうとするなかで、タブーもそろそろ薄れてくる者です。必然性とタブーとの境がやがてその世代がいなくなるであろう理由によって、表に出す理由となるのです。
 28日の早朝新幹線にて仙台まで出て、そこからレンタカーにて石巻まで向かいました。石巻では橋本大吾PTさんが4月に立ち上げたリハビリ特化型デイサービス「りぷらす」に往訪です。行程としてはそこで、冊子に関わっていただいた方々の写真撮影と挨拶?つまりftfすることです。11時前にはリプラスに到着して利用者さんのサービス状況を見学させていただいて、お一人見させていただきました。リプラスには半年前ぐらいにも一度往訪しましたが、利用者さんも増えており、自助と互助の精神とリハビリの理念である自立という精神が息づいているのがわかります。まさに理想とする理念がある事業所の空気や流れが利用者さんにも伝わっているのです。
 本来あるべき当たり前の姿!リハビリテーションの精神!そこに息づく卒業することによって活動を参加につなげていくことです。私もお一人見させていただく中で、しっかりと全てをノートに記録して家できるようにしようとするその姿勢には驚きました。
2013-12-28 14.49.11

リプラスには学生さんが見学に来られることも珍しくなく、その日は地元の高校生がお手伝いに来られていました。何でも来春には東北福祉大への進学が決まっているようで、未来の理学療法士の誕生ですね。地元出身の若者は地域の財産です。東京にいれば若者も多いですから、当たり前の光景も東北の沿岸部などでは、若者一人一人が本当に貴重な輝きを放って見えます。
少なくとも私の高校生の時には、仕事の意識は全くもって低く、感心するばかりです。

その他にリハビリの大学などからも見学が来るようで、後進の指導と育成も自然と出来ています。やはり、理念に基づいたリハビリテーションの実践がされていることに、頭が下がります。
医療費の高騰や社会保障費の問題は、少子高齢化の結果でもありますが、医療を受けることを当たり前だと思っている我々の意識をも変えていかなければならないといことを教えてくれます。
無尽蔵ではない社会保障費を一人一人が減らして行く、そんな意識を持たなければ財政が破綻してしまうことは明らかです。早くリハビリを卒業して行くだけが選択肢ではなく、定期健診のようなシステムや学びに来る場は必要です。よって、締め出すではなく多様な一人一人のリハビリニーズにも答えれるようなシステムこそが大切であり、そのためのアイデアを常に出して、新しい仕組みを創出して行くことが不可欠なのです。
リプラスではそういった、理念が貫かれていることがわかります。さらにこのような取り組みが新たな産業として醸成して行くことを願わざるを得ません。


お昼には、雄勝への支援活動において窓口としてお世話になった支所の保険師である門間さんがお昼前に来ていただきました。リプラスも仕事納めだったので、皆さんとお昼に行きました。上品の里から河北に抜ける時に、お店があるなと横目にスルーしていたのですが、初めて入りました。久しぶりにお会いして、変わらず雄心苑から仮設の支所に移って元気にされているとのことでした。思えば石巻市の雄勝への活動は、一本の電話にてつながったその相手が門間さんだったですので、感慨深いものがあります。

皆さんの冊子用の写真を撮りながら、石巻市立病院の千葉さん宅にお邪魔しました。ご自宅への往訪は、こちらではごく当たり前のことという文化があります。
東京にいることで、四角四面な付き合いに慣れているのかもしれませんが、それほど広い家もない東京では招こうにも、無理があります。
千葉さんは3年後に市立病院が駅前に再建される期間の間は、訪問リハビリを主にされています。院内だけのリハビリから、訪問リハビリか主たる業務への移行は、180度変わったことになります。市立病院のあるべき姿。公務員だからとう前提ではなく、市民のための新たな病院を創ることができる可能性を秘めています。


今、石巻は開成仮設団地に地域包括ケアを実践している長先生という方がおられます。テレビにも頻繁に出ておられるので、医療と保健、福祉が一体となった取り組みにより、これからの地域は支えていかなければなりません。仮設住宅という、特殊な環境においてどのようなシステムが効果的なのか?答えのない地域という混沌への取り組みが始まっています。

夜には懇親会というか忘年会を兼ねて座談会を催しました。理学療法士として作業療法士としてやるべきこと、できることは社会に山程あるわけで、そのためには病院という枠組みを越えなければならない。ボランティアという自由度からの当たり前の考え方と、実践が求められていますが、なかなか組織という枠組みの中で何かをやるというのは難しいことです。専門職というのは、ある枠組みの中で保証されているわけで、だからこそ認められていたり守られている代わりに、自由度は少ないといえます。
『社会保障という観点から、我々のやれることは沢山ある』そんな話にて盛り上がった一晩でした。

翌日、日曜日は気仙沼です。午前中は陸前高田市にある仮設住宅にてリハビリ相談会です。
陸前高田市からさらに北上したところに、旧広田水産高校仮設住宅はあります。この広田地区は、また独自の文化があり、『みんな腹割って話すから喧嘩がない』とのことです。また同じ地域の人達が一緒に同じ仮設団地に入ったので
、絆は深いです。逆にこちらごユーモアと元気をもらいました。景山さんのことを皆さん『のぶちゃん』と親しみを込めて呼称しており、日々の取り組みによる信頼関係を感じます。やはり継続と変わらない信念!これに勝るものはありません。ftfも景山さんが代表になったことでリレーションされ、脈々とつながっています。その時期時期に必要な人達の想いと取り組みにより、つながっていくんだな…。不思議な縁にてつながっているのがftfなんだなと。続いていることにむしろ感謝しなくてはいけないと思いました。続いているからこそ、わかることがあるのです。

午後は気仙沼に戻り座談会です。その前に陸前高田市の竹駒によって『あらや』訪問リハビリステーションに立ち寄ろうと思ったのですが、時間的に難しく三代目の蕎麦を食べて、奇跡の一本松を横目に見ながら一路気仙沼に向かいました。

このお蕎麦は美味しすぎます。年末の休の昼時だからというわけではなく、美味しいからひっきりなしにお客さんが来るのです。当然、従業員もフル稼働であり雇用が生まれています。
産業として地元に愛され、胃袋を満足させているのです。特徴は蕎麦だけど白い麺と、コシです。また長くてツユに入れるためには、配分を考えなくてはいけません。陸前高田市の仮説商店に、木村屋というお菓子屋さんの並びにありますので、是非ご利用ください。

気仙沼に接岸するようにある、魚市場の個室にて気仙沼座談会を開催です。
個人医療支援者である、村上さん、気仙沼出身で現在太白区の社協にいるPT三浦さん、ftf代表OT景山さん、そしてftf学術部山本、太田の五名にて開催です。

気仙沼の現状は、石巻が課題はありつつも前進している話題もあったのが、気仙沼については遅れている印象です。同じ医療圏として石巻と気仙沼は括られているのですが、その距離70km、隣町と言うには余りにも離れています。そして東北は非常にオラが町意識が強く、同じ石巻でも合併前の区分意識は拭えないようです。気仙沼は被災地としては、有名になりましたが、その交通の弁の悪さもあり、復興のスピードにかなりの差があるようです。リハビリ資源もそうですが、何より訪問リハビリをしている事業所や病院が殆どなく、増え続ける要介護者をフォローしきれないというのが実情です。また、石巻にても出た話題ですが、リハビリとは?理学療法士とは?作業療法士とは?という認識と浸透の低さです。知られていない!というのが正直なところであり、整体なのか?揉んでくれる人なのか?運動する人なのか?それさえもよく分からないのです。これは、すでにセラピストそのものがマッサージを主体としたアプローチが蔓延っているため、対外的にはますますわからないということになるのです。また利用者さんもリハビリはいらない、つまりは動かないと廃用になるという視点がないため、リハビリの必要性も分からないのです。
ボランティアも医師や看護師のニーズはあっても、マッサージは要らない!そうです。流石に運動しないとということはひろまっているようで、能動的なアクティビティ、もしくは医療的なケアーということかもしれません。
しかしながら、そのアクティビティの中の運動指導、その中でも運動器疾患に対してや、予防方法なとの視点が理学療法士や作業療法士であるという認識も無いということです。つまりは、職業名を聞いて直ぐにイメージがつきにくいといことは、何を聞いていいのか、どのような目的や意識にて参加すればいいかわからないということです。

座談会は、90分ぐらいの時間を予定していましたが、結局3時間以上議論が白熱してタイムアップとなりました。

東北はすでに雪模様で寒さは格別です。
課題は山積しており、分かっていても防げない現実があります。結果的に要介護度が増えている現実は、周知の通りであり、医療も保険も福祉も、行政の方々も手をこまねいているわけではありません。全ての仮設に予防のための誰かが常勤していれば防げるのか?見回りの頻度を増やせばいいのか?早く全員に自宅を提供できればいいのか?
本本的には分断された家族と、狭い仮設住宅、役割の喪失と虚脱感などなど、具体的には違えども人生において誰もか少なからず直面する問題でもあります。

社会制度が全てにおいて適応しているわけではなく、狭間となっている対象者や事例はまだまだ眠っています。
その狭間に対して専門家の立場にて何ができるかが日本という国に求められているフロンティア精神なのかもしれません。
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