マッスルコンディショニングセミナー3報告続

「運動連鎖からみた筋コンディショニングと臨床応用」

 中村格子先生に続いて午後は、私山本が担当しました。
表題に有る通り、運動連鎖からみた筋コンディショニングです。私の講習会では基本的には運動連鎖というコンセプト、つまり考え方をレクチャーすることが多く、テクニカルセミナーに属するものはほぼやったことがありません。出来ないのではなく、敢えてやらないのです。テクニカルセミナーは他でも沢山あり、私が教えるべきものではないからです。自分がやりたい自分にしかできないレクチャーをすべきなのです。それは運動連鎖アプローチという、考え方でありコンセプトということです。
 つまりテクニカルはあくまで、思考過程のなかにおいて適材適所を見つけるものであり、最初からそれをやるということの前提にはないのです。手段が目的となってしまっては、それは施術家であり理学療法ではないと私は考えます。他国もそうだとは言いません。あくまで日本の文化の中で、日本の理学療法教育のなかで育んだ中で、生まれた人格なのです。その人格をもってすれば、諸外国の対して自分は何者かということを示すことが出来ます。制度や体制についても大切ですが、その前に前提となる矜持が大事なのです。その根本をしっかりと認識して自覚しておくことで、自らの強味が発揮できるのです。身内では大きくものを言えても、対外的には声が小さくなってしまう自分がいたとするならば、それはまさにある場でしか通用しないロジックのもとになりたっていることになります。
 公的な場に出た時に、そのようにプレゼンテーションできるかが、結果的にナショナリズムとなり、対外的な強味とリスペクトにつながるのです。ポピュレーションやなんとなく勢いや、事なかれ主義になるその姿勢は、根本的な思いの差です。思いの差が、最終的には世の中の何かを動かすのです。感情が情動となるときに何かが動くのです。しかしながら感情とは主観であり、その思いが強すぎると客観的に物事が見えなくなります、自分のなかの基準や思いと世間とのズレ、なんでもそうですが金属疲労を起こしてしまいますので、主観と客観のバランスをとることが大切です、臨床においては客観は研究ということになります。

 さて研修会では、総括として今まで御登壇いただいた先生方の共通した理念として、ニュートラルな筋緊張に戻すこと、回復させること、そのこのと副次的効果も含めて、単なる筋の凝りが取れることに寄る効果にとどまらないということです。筋緊張を解すということは、伸ばして弛めることではなく、緩めることなのです。そしてその緩めるということはパフォーマンスを落とすことになってはいけないということです。時には痛みを軽減させるために弛めることも必要だと思いますが、あくまで動きやすさという前提のもとに理学療法はあるわけですので、その原点は忘れてはいけません。

 弛んでしまった筋肉、つまり低緊張の筋肉に対してのアプローチは促通ということになりますが、この筋収縮を起こすことをさしています。しかしながら、明らかな筋収縮を促すという行為は確かに運動単位の参画を増大させることになりますが、筋バランスに対しては一考の余地があります。インナーや低下してしまった単一の筋肉に対して、関節運動に対する抵抗運動では、より頻用している筋肉をより活性化させてしまうことになります。
 また運動の前に刺激を入れるという意味での促通が今まで主流であり、試合の前のウォーミングアップに用いられてきました。しかしながら、患者においてはそのようなハイパフォーマンス前の収縮ということではなく、欠如しているものを元に戻すという観点となりますので、またカテゴリーが違うのです。よって促通の概念そのものも対象が違えば使い方と前提が違うのです。
 
 促通とは緊張が高い場合は正常に、そして緊張が低い場合も正常に戻す、中庸に戻すということなのです。この中庸こそが収縮しやすく、伸びやすい、最も自由度と汎用性が高い状態なのです。そして忘れてはならないのがこの筋肉こそが身体イメージに直結しており、関節覚、運動覚を司っているのです。つまりは総称するとマッスルコンディショニングということなのです。促通でもいいのですが、どうしても歴史的にニュアンスがマキシマムに収縮させるというイメージになりますので、コンディショニングという表現が適切であると思われます。

 私の今回のレクチャーはマッスルコンディショニングの総括としての上記の説明と、アキレス腱のストレッチにおける筋と腱をセパレートとしてのアプローチです。筋肉へのアプローチはとにかくストレッチにて誰も疑いの余地が無いような状況ですが、セミナーにおいて膝伸展でのストレッチと膝屈曲でのストレッチにて、その後のつま先立ちのパフォーマンスへの影響を見た所、かえって低下して人は膝伸展で約30%、膝屈曲では15%といったところでした。つまりは、緩むが、弛むになってしまった人が何割かはいたということです。
 抑制に働くことはゴルジ腱器官の働きから容易に予想がつきますが、解すという目的にて使っていたものが、弛んでいたとしたら、それはスポーツパフォーマンスにおいては致命的となります。
 一般の生活では、それほど自覚することはありませんので、なんとなくストレッチすれば良くなるというイメージです。しかしながら、ストレッチは可もなく不可もなくという状況であるが故に、その効果検証がおざなりになっている感があります。
 セミナーではウサインボルトの決勝前のコンディショニングとしてのアプローチのつもりでとしました。流石に単に伸ばせばいいという発想には至らないはずです。どれぐらいの力でどれぐらいの角度まで、きっと考えるはずです。その基準をいちいちメーターにて測ることはできませんので、そのニュートラな筋緊張という触感を覚えていくことなのです。なんだ感覚か!と言わないでください。データーベースとしてしっかりと検証しながら覚えていけば、それは自分のなかにメーターが備わることになるのです。
 また伸ばした時に滑走しない感覚なども覚えるといいでしょう。滑走しない筋繊維という感覚もとても大切で、脳血管障害においていくらアキレス腱を伸ばしても、患者自身は自覚がないというのと同じで、それは脳には全く認識されていない状況なので、ほとんど意味をなさないのです。

今回は多くの学生さんも参加して頂き、あらための卒然教育の必要性も感じました。いつの時代でも学生が大きなうねりとなって動かしてきたことを考えると、この世代が少々生意気なぐらいにとんがっていてもいいのかもしれません。社会性という名の下に、不快なものを全て排除する世の中は、結果的に国際社会では通用しないことはあらゆる事象をみていると間違い有りません。
 自国の自分のなかの基準でものごとの善し悪しを決めて、そして誰かが一つ主張すると、全てが論議となってあがり、あら探しとなります。不快なものを全て潰し行った先に幸せが有るか?実はまた次のターゲットを探して回るだけなのです。けしからん症候群ですね。
 寛容になれとは言えない時代ですが、面白みがない国になっていまわないよう、学生の自由で満ちあふれたエネルギーを我々にも還元していきたいですね。

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