アライメント

運動連鎖の基礎~アライメント


アライメントという言葉を、理学療法において久しく目にする機会が少なくなりました。

それだけ、骨構造としてのイメージが、今更、コンサバティブには変えられないだろうということです。

確かに整形外科の分野においたは、膝関節のFTAを測定して、骨切り角度を決定することになりますので、まさにアライメントです。

日本の理学療法を紐解けば、スポーツリハビリにおいて、スタティックアライメント、ダイナミックアライメントとして主に下肢の障害発生機序の解説に使われていましま。

しかしながら、このあるフェイズの点での分析は、靭帯や炎症などのメカニカルストレスとして、整形外科的テストに近い類になります。

しかしながら、膝の予防という観点からのパフォーマンスと、より円滑な動き作りのためのコンセプトの台頭によって、お互いの擦り合わせと、改正が必要となりました。

つまりは、体幹という新たな視点が生まれたことで、下肢複合関節のアライメントのコントロールという意識が、必ずしも同義ではなくなったのです。

つまりは、障害の予防という視点のセラピストと、パフォーマンス向上が第一の選手のニーズに応えるように出てきた、あらゆる運動理論。

パフォーマンス向上イコール競技力向上イコール怪我の予防だけてなく改善治癒。こそ包括したコンセプトが世間に望まれているのです。

理学療法がどこまで網羅するかは、難しいところです。
例えば医師は役割がハッキリしていて、業務独占です。スポーツパフォーマンスを突き詰めなくても、やらなければならない社会的責務があります。

しかしながら、理学療法の場合、運動療法があり、運動指導を担当します。
明らかに、腰痛体操指導レベルの運動指導では、クライアントは満足しません。スポーツ選手ならば尚更でしょう。そのパンフレットに書かれていることは、どれを見ても間違いではありません。しかしながら、ありきたりで論拠と効果の実感が伴わず、どのように消費者に受け入れられるかという、最も大切なステークホルダーという視点が抜け落ちているのです。

もちろん既存の運動療法も、こだわりを持ってやれば効果は出ます。しかしながら、新しい理論が出てきて、そこに大衆の興味や、知的好奇心が擽られる何かがなければ、効果が薄れてなくなってしまうのです。

健康グッズやダイエット方法が、次々に出てきては消えるように、本当は何をやってもそれなりに効果があるはずなのに、人の移ろいやすい気持ちによって、その価値は変わるのです。

よって体幹などの新しいスポーツ理論が出てきたならば、昔でも9秒代にて走っていた選手はいるわけで、その昔の方法でも、到達できなくはなくても、やはり最新理論や情報を飽くなき探究心にてチャレンジし、トライするその姿勢や意欲そのものの賦活が必要不可欠なのです。

よって、アライメントという概念は、もちろんありなのですが、そこに新しいコンセプトによるアップデートがないばかりに、理学療法の評価やアプローチにおいて形骸化しつつあるのです。

つまり、スポーツ選手が体幹トレーニングにて競技成績を上げているニュースを、方々にて耳にすることで、我々の中で認識として刷り込まれていきます。

この体幹理論には、下肢のアライメントという言葉が出てくることはありません。しかしながら安定したぶれない体幹を身につけることにより、プレーの幅が広がったりします。
最近では楽天のマー君が股関節の強化の動きの促通により、ピンチにて一段も二段もギアが上がる論拠としての、フォームの変化を番組にて提示していました。

つまりは理学療法は足から中枢に向かい、膝のアライメントを中心とした股関節ですが、昨今は体幹が前提にあり、その体幹を活かすための重心コントロールとしての股関節という流れです。

末梢からでも中枢からでも、いずれは合流すれば同じものになるはずなのですが、下流から上がってきた舟と、上流から下ってきた舟では、作りもなり達も違うのです。
よって、同じことを言っているようで、受け止める側、ステークホルダーにおいては全く違うものに映るのです。その大衆心理を理解して、専門家は逆にこだわりを持ちながらも、変化に対する勇気が必要です。
大概は、俺もやっていたんだ!という言い訳にて、自らの正当性と、変えることへの躊躇い、変えなくてもいいことの理由にしてしまいます。

きっと、受け入れてしまうと、自らが軍門に下るような気持ちになるのでしょう。

その自らの心理的なせめぎ合いを制するものが、大衆にうけいれることになるのです。
 
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