フランス紀行〜コミュニケーションとは〜

Category: トピックス
フランス紀行

2013-09-08 19.20.39

初めてのヨーロッパ。
病院施設の視察ということで、参加したのですが、
おそらくそういったきっかけでも無い限りは、今後もいくことはないだろうという思いもありきっかけとして渡航しました。
もちろん海外のリハビリ医療事情についても興味がありました。
フランスは人口は日本の半分ほどで、それでいて高齢化率は日本ほど高くはありません。

本日の新聞でも日本は高齢者65歳以上が4人に1人の割合になったと掲載がありました。
そう言った意味においては、高齢化先進国であり、
世界の先駆けてその取り組みは今後大いに注目されることでしょう。

日程は9月8日日曜日に成田とフライトし、13日金曜日の朝に成田に到着便です。
フライト時間は12時間
これは長いなと、機内食をじっとしたままで、ただひたすら食べさせられのも考えものだなと思いながら
エアフランスにて機上の人となりました。

席は満席で、なかなかゆったりともしていられないかなと思いましたが、12時間がそれほど長くは感じられませんでした。
時差は7時間
パリのシャルドゴール空港に到着して、日本時間では夜の0時。しかしながらパリは夕方の5時になりますので昼に出て昼についたような気分です。
体内時計は夜だと言っているのですが、外が明るい。
当然、すぐに寝るわけでもなく、世話人の立花さんの案内でホテルの近くにある和食レストランにて夕食をとりました。その日は周りの立地もわかりませんで、おとなしくホテルにて就寝ですが、その時点で日本では朝の5時過ぎ、いわゆる徹夜ですね。
流石に眠いのは否めません。とりあえず就寝しましたが、目覚めたのは現地時間の朝の3時前。つまりは日本時間でいえば既に10時をすぎていますので、それは目覚めてしまいます。
しかしながら、月曜日は朝早くから夜までびっしりと予定が詰まっています。

ここで寝ておかなければ、明らかに午後には睡魔の嵐に襲われるだろうことは容易に想像できます。

ということで緊張しながら目覚ましをセットして、朝の6時半からのホテルでの朝食に向かいました。

本当は早朝に散歩でもしたかったのですが7時過ぎでなければ、日が昇らないようで真っ暗なのです。

夜間に散歩しているようなものなので、そこは控えておくことにしました。

フランスに行けばまずはフランス料理と行きたい所でしたが、和食レストラン。
時間帯は夜食状態ですので、おそらく内蔵は休んでいるはず。今ひとつ味わうこと無く、食しました。

その人は翌日からの濃密な日程を考えておとなしく就寝です。

しかしながら、フランスではまだまだ深夜2時過ぎというのの目が覚めてしまいます。

無理も無い。

日本時間では既に朝の9時すぎだからです。
寝ようとしても目覚めるよね。しかし、ここで寝ておかないと夕方以降が苦しくなる。間違っても記憶がぶっとばないようにしないと。

翌朝は8:30から在宅入院、通称HADでの視察が入っています。
朝の6:30にハイアットホテルのモーニングを食べにいきます。
ほぼ一番乗りにて朝食会場に入って、バイキングです。

フランスと言えば、フランスパン。
まずはバケットのフランスパンを自ら切って、皿にもります。
バターとヨーグルト、チーズをとって、ハムなどもお皿にとります。

四日間を通して同じホテルでしたので、結論からいうとフランスパンとバター、ヨーグルトとチーズで十分食べていけます。あの固いパンを噛み締めながら食べることの醍醐味を覚えました。

現地世話人の理学療法士、立花さんのお迎えにていざ出発です。

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途中、凱旋門の脇を通って向かいます。
その後何度も通ることになる凱旋門を周る、周回交差。
まさに街の拠点なんですね。
よく200年も前にこんな巨大な建造物を作ったものだと感嘆です。
ナポレオンが凱旋した時に建造したようですが、その後も歴史の節目には必ずこの凱旋門が力の象徴として扱われてきたようです。

さて、在宅入院HADは既にフランスでは40年の歴史がありますが、課題は認知度ということでした。40年の歴史がある医療制度において、いわゆるどのように広めていくかということが依然として課題というところに制度を浸透させる難しさが表れているのかもしれません。

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 病院を中心として家屋が密集していることが問題だということでした。密集とはどういう意味なのか?質問させていただきましたが、部屋が狭いとか家屋にスペースが無いという意味ではなく、あくまで家屋と家屋が密集しているということだそうです。
 質問したことは明確に覚えていますね〜
やはり記憶とは印象なんですね。

 密集することが何故に問題か?
つまり、病院の周りに住宅が密集することで、在宅というよりも入院を選択してしまうという解釈だったと思います。

コミュニケーションとは何か?
そんなことを考えさせられる4日間でした。

海外に今までも何度か行ったことが有りましたが、今回は視察に伴い国際交流が不可欠です。

日本であれば避けて通る外国の方々とのコミュニケーション

英語ができなければ///

しかしそうではないことがなんとなくわかり、今回いい意味で自信がつきました。

日本語であれば抑揚にていかようにも威圧することができます。
つまり日本語では多くの語尾を含んだニュアンスを包含しながら話す言語なのです。

フランスから帰ってきて特に目につくようになったのは、別に英語でなくてもいかにあやふやな物言いをしているかということです。
よーく聞いてもよく真意がつかめないような発言がとても多いのです。
なんとなく察してくれというのが、日本の空気を読む、雰囲気を感じるという文化なのでしょう。
多くを語らず、一喜一憂しない。時にとても大切なスタンスですが、コミュニケーションといった観点からは、
特に国際関係においては、そのあたりが致命的になります。
なんとかセミナーというような、巷でコミュニケーションスキルを磨くようなものが散見されますが、それは日本語としての何たるかであり、海外に行って体当たりで入っていけば勝手に自分なりの自分にあったスキルが身に付くでしょう。実践なくしては話になりません。
それを曲解して使えば、カリスマと言われるようになることもできます。

もともとの文化や価値観までもが直にわかるはずもなく、まずはnativeではない条件でのコミュニケーション技術が必要となります。
いずれにせよ表現しなくては、気を使ってくれるわけでもなく、分かってくれることもありません。
「わかろうとする、その気持ち」
わからないという前提にて臨むのではなく、わかろうとする姿勢を前面に出すのです。
今回は相手の口元を直視して、その動きをイメージのなかで反芻するようにしました。三日目ぐらいからはなんとなく感情が伝わってくるようになってきて、単語はわからないまでも文脈が理解できるようになってきたのです。

つまり、言葉とは運動連鎖と一緒で、動きは効果器の結果であり、その前に運動イメージや筋や関節副運動が先行して一体となって表れます。言葉も実は五感や予測と記憶などをふるに動員しているのでしょう。









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