センタリング軸

センタリングとは?


 センタリングアプローチは運動連鎖アプローチ協会においても何度もレクチャーしている内容です。つまり軸とは何か?と同義になります。

さて、昨日の7/30をもって運動連鎖道場ゼミコース、第一期生が卒業となりました。ゼミ生は文献抄読、英文抄読、プレゼンテーション、インストラクターと、課題をこなしてきました。

運動連鎖道場はすでに14期に入っており、地方の道場も含めれば、20クラス以上にはなっているはずです。

内容は全身をテーマ別にレクチャーすることになります。つまりは技術的な視点がメインとなりますが、リハビリとは、理学療法とは、臨床思考過程にあります。
プロトタイプの、これだけを学んでおけばいいというような話はありえません。例えば背骨や骨盤をみることで、脳脊髄液の還流を促し、内臓や四肢にまで影響を与えるなど、ここまでくると何とでも言えます。
この一言で理論的背景を表現するのであれば、もはや盲信的なただ信者です。考えさせるのではなく、考えないように、考えられないように教育しているのです。
そしてひとしきり、自分の考えを表現できなくなってから、憧れの意識を植え付け、ほらできないだろ!もっと来て学ばないとダメだよと…。メカニズムはこんなところです。おそらく、世の中は簡単だと思っていることでしょう!ましてや免疫のないリハビリ関係者。同じように医者に対して言えるかと言われれば、答えはNOでしょう。

 誰に対して言えるのか?誰に対してであったら言えないのか?そのことを考えると、医療業界において何かを変えようとするその発想の限界がわかります。
 
 運動連鎖道場からのブラッシュアップにおいては、まさに臨床思考過程の形成を目的としたプレゼンテーション能力にあります。何かを聞かれて立場を利用して答えないというような関係は、ただの講習テクニックにすぎません。医療や医学とはなりえないのです。どのような立場のヒトであってもパブリックな公共において同じような立ち振る舞いをしていては、胡散臭さがさらに際立ちます。

 さてセンタリングということについて、ゼミのfinalにてさらに強調と再確認をしました。センタリングとは軸と言ってもいいのですが、その言葉の定義について改めて述べてみます。
 医療とは言葉の定義をしっかりとして、あやふやな使い方をしないというのが原則です。言葉の定義こそが医学と科学たる所以です。自分本位の説明しかできないものであれば、それは只の妄想です。本当に?と聞かれて、ただの勢いと立場にて言い切っていることであれば、あっという間に言葉に窮するでしょう。

センタリングー軸ー
軸とは何か?その軸をしっかりと説明と定義をしていきます。軸とは構造的な中心を指す言葉ではありません。
その条件としては中心になるであろうことは、間違い有りませんが、必ずしも中心でなくてはいけないわけではないのです。つまりはヒトによって姿勢の傾きや中心が微妙に差異があるように、厳密に左右均等に芯が通っているわけでは有りません。また中心とするならば、全てのヒトに構造的な軸があるわけで、ここでいう軸ができているとかの表現は機能的であると同義なのです。つまりは体幹が=機構であるように、体幹そのものは安定性や固定性といった機能なのです。けっして体幹と胴体は同一ではないということです。機能であるからこそ腹横筋や多裂筋が際立って来るであって、単に解剖学的な視点であれば上半身とは胴体でいいのです。
  
左右の軸
軸をあえて左右に分けてみます。左右対称という言葉有るように、身体は左右対称であるべきものです。外郭である骨格や筋肉は少なくともそうです。内蔵や脈管はその限りでは有りませんが。何故に左右対称になっているかというと、体性感覚が脳に情報を送ってくるからです。左右対称であるからこそ比較対象ができ、その差異の微調整により真ん中を規定します。その真ん中に常に揺れながら戻ろうとする機能こそが軸なのです。
 つまりは左右の振れ幅が大きければ大きいほど、その差異がわかりやすくなり、より安定した軸形成ができるのです。つまりは自由度の大きさこそが安定であり、じっとしていることが安定ではないのです。結果的にどのような外力に対しても立ち直りや平衡反応として対応できるからこそ、微動だにしない体躯ができあがり、いわゆるフィジカルの強さという表現としてサッカーなどで用いられるのです。

前後の軸
では前後はどうか?前後対称とは言いません。つまりは前後はお腹と背中だけをとっても全く違うのです。左右のお腹が違うことはありませんが、前後は同一ではないことは明らかです。ということは、前後の軸というのはとても難しい命題ということが言えます。自らが前後の真ん中を意識して立とうとすると、いったいどこを指標にすべきか難しくなります。あるヒトは足の前後を指標というでしょうし、あるヒトはお腹の安定性かもしれません。しかし、矢状面の難しさは往々にして屈伸や傾きにより立ち直りがおきやすく前額面に比べて、修正が難しいです。左右ならば左右の足の体重の掛け方でモニタリングできても、前後はさらに左右の足先といった感覚とそれと踵と足先のモニタリングと四点のバランスになるからです。また中心というのは前後においては、さらに難しいのは足の荷重感覚では正確にモニターできないところです。左右対称ではない、前後中心。そこは頭位という問題も有ります。頭位は前方にいきやすく、後方重心においては修正として必須となります。その前後のズレは、かがむという行為と背骨が膝が屈伸に特化して大きな制御を担っていることからも、真っすぐはほぼありえないのです。よって前後は頭頸部、体幹、下肢と全てにおいて別々の中心感覚にてモニターし、その全てを連結していくことが求められるからこそ難しさがあるのです。
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