広報啓発とは?

Category: 多事総論
広報啓発とは?

 印象に残ること!
 心をゆさぶること!動かすこと!


これは震災の記憶を構成に残すための取り組みとして、都内の大学の先生が構築したシステムなのですが、その作る上でのコンセプトつまり思いです。

どのような理念が、そこに存在しており、思いいれがあるか?
考えすぎる中で、必ずしもニーズにあったものが出来上がるとは限りませんが、ふと浮かび上がる真っ白なキャンパスのなかで描かれる、湧き立つ想い。

創作活動をしている、芸術家や、物書きなども同じだとは思いますが、膠着した思考や空気からは何も生み出されません。

小手先のテクニカルでもなく、過程でもなく、結果から導き出される、シンプルな思考と道筋。

結果を最短距離にて出すために、エネルギーのつぎ込む先を選別する。
やみくもに突き進むのではなく、ターゲットを絞って取り組むこと。

ただ、揶揄されるのは、この手の合理的な教本は山ほどでており、テクニックに溺れると、マニュアル化した思考は血の通わない、ただのゲームになってしまう。

ゲームは頭のなかで完結していくので、当然、人の顔や超えは聞かない。
それよりも、こうすれば簡単だというマニュアルに洗脳されているからだ。
つまり、やたら成功だとか言っている連中の目や覆っている空気は、自信満々の洗脳された思考回路なのだ。

スポーツ選手のように、本当の意味での数字を出さなければ、そしてファンからの支持を得なければ、結果として認められない世界と違い、いわゆる成功企業セミナーを生業とする団体は、努力ではなく判断のマニュアルを提供しているのだ。
考えなくても、統計学的集約された答えを箇条書きに並べている。つまりは、思考錯誤ではなく、であると決めつけることになる。
よって、その、マニュアルにそぐわない意見や輩は、排除の対象になる。つまりは、そのマニュアルが理念や矜恃であれば、いいのだが、おおよそ矜恃とは程遠い自らトライアンドエラーの繰り返しのなかで、産み出された至極の一品ではないのだ。
いってみれば、合理化されたチェーン店のメニューを、誰でもできるように作られたマニュアルなのだ。
よって、確かにまずくはないが、味気ない感じは否めない。カロリーにはなるが、活力にはなり得ないからだ。
リハビリでも同じで、クリティカルパスやプログラムというのは、エビデンスの賜物だが、ベルトコンベアーになると、いずれは、流れていくのに任せることに慣れてしまう。
個別性と個々にあったプログラムを作ることに意義を見出すキャラクターが本来の姿なのだ。しかしながら、この試行錯誤は難しい。つまり、悩み苦しみ、出口が見えないことが多いからだ。その道の先に光があるのか、ないのか?そんなトンネルに誰も入りたいとは思わないのです。
何故なら自分を信じられる、信じ続けることぐらい大変なことはないからですを
本田圭佑は強さとは、『自分を信じ続けられること!』とかなりの熟考の末に、導いた結論でした。これは簡単なようで、とても難しい!うまく行っているからこそ言えることでもあり、苦しい逆行の時には、説得力がない。また、そんな悠長なことを言っている余裕もない。
だから、これで光が見えますよ!といった文言に惹かれるのです。これだけで、たったの一回で、すぐ効果が出る、使える、このような美辞麗句がゾロリと並びます。
そこにメシアが、アラワレタカノヨウな錯覚に陥ります。

共感を得るための文言も、ずらりと並びます。占いみたいなもので、大概なことは少しばかりでも心当たりがあるものなのです。たまたまタイムリーだと、当たっている!私のことをわかっている!これはそのような運命なのだわ!と。

マニュアル化されたプロトタイプのテクニックセミナーがもてはやされるのは、自分で考えて作り上げる作業を省いてくれているからだ!
習うより習えではなく、習ってしまうまえに、真似しろ模倣しろ。そして考えるな!と。その後に思考の過程を入れているならまだしも、そのプロトタイプの次に、次のステージに誘うのが、マルチ商法の手口なのです。

考えさせる過程を省いて、自立させるためにサポートするなど、欠陥プログラムとしか言いようがない。

自立させたら儲からないのだから、そこは自立させないように、延々と真似させればいいのです。
何故、そこでその手技を使うのか?その考え方が産まれた、背景や歴史は?思いは!その哲学が無ければ、それはもはや手段であり、道にはなり得ない。道にならいので、残らない。
残らないので、マルチ商法になる。つまりは、儲かる手段をあの手この手で考えればいいわけなので、ネタはなんだっていいのです。

オレオレ詐欺が既になくならない、イタチごっこになっているように、新手のやり口をどんどん出して、世間に注意喚起したときには、既に違う何かを考えている。

お金を集金するシステムである、オレオレが果たして成功と言えるか?確かにオレオレほどのクロでは無いにしても、グレーは山ほどある。グレーもエスカレートしてクロに近くなっていることに、当事者は分からない。

プロトタイプはロボットのように、機械論的に人間を考える風潮が広がった時にも、ブームとなりました。しかしながら、そのプロトタイプはインパクトのあるパッとでのようなもので、立ち消えていくのです。何故なら、もっとインパクトのあるネタを出さないとプロトタイプは続かないからです。

広報啓発というテーマでしたが、試行錯誤の膨大な経験と知見データをベースに、そこから成果の上がる最も効率的な道を選択する!そのための行動と広報が連動することが、広報啓発の肝になるのです!
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