後進を育てるとは?

Category: 人生訓
リーダーの次を育てるには?

 トップの役割は団体や企業の業績をあげるためにリーダーシップをとることですが、最大の仕事は後進を育てることだと言われています。いつまでもトップに居座り続けて延々に成功し続けた例は歴史上誰一人いません。その歴史を踏まえて、誰もが今現在の順風満帆さではなく、自らがいなくなったときのことを考える。移り変わりの早い時代において、永遠はないのです。誰もがネット社会において、平等に情報が入り、そして平等に能力を発揮できる時代となりました。そのなかでさらにしのぎを削っていくわけですから、一人の能力と発想が何年も通用するほど甘くはないのです。
 成功はその点でのことであり、線ではないこということです。点の成功はヒトを猜疑心と守りに入らせます。疑いだすときりがないのです。自分の何かを狙っているんじゃないだろうかと?権力者がどんどんと優秀な側近を遠ざけて、さらにイエスマンのみを周りにはべらせるようになるのは、これも歴史が証明しています。
 
 ではどうして一時期成功しても、それが長続きしないのか?政治力まで持ってしまえば、それが通常の論理ではない状況にて上手く回って行くのかもしれませんが、通常は2年ぐらいしたら必ず何かしらの停滞感が出てきます。どんなに優秀な監督であっても、長くはトップをはることはできません。マンUのファーガソンは例外かもしれませんが、70歳にしてスパッと後進に譲りました。20年間という長期政権を維持できたのは、単なるサッカーとしての戦術だけでなく、企業としてのあり方や、マネージメントにさえも精通していたことが伺えます。そのファーガソンでさえも、何故に失点が多いのかをわからないといったコメントもありました。

 では2年というスパンでの回転を考えてみましょう。例えばザックジャパンを例にとります。ザックは自分たちのサッカーをしよう!ということで、南アフリカのW杯でのディフェンシブルな戦い方ではなく、パスを回して自分たちのサッカーで勝とうという前提があります。つまり次期指導者は先人のなり振りを客観的に見やすいという立場に有ります。よって、その先人の作りをみていくなかで、自分だったらという理念をまずチームに持ち込みます。よって、その理念は当然、前チームの欠点を補うものになります。もう少し言えば、対局にあるチームを作るとしても、その前の蓄積をベースに色を加えることになるので、実はその色だけのパフォーマンスではなくて、前の色プラス新しい色なのです。
 
 おそらく現在のザックジャパンを外から見ている人たちの大半の意見は、もっと若手を使え!呼んだら使え!CBやボランチなどのバックアップを育てろ!交代に意図が見えない!ざっとこんなものだと思います。つまりは、ベスト16の直後のアルゼンチンとの親善試合は勝ちましたもんね。あのメッシのいるアルゼンチンに。いかにW杯にて結果を出すことが自信になるかを表しています。そして、期せずしてビッグクラブへの移籍が相次ぎます。下から仰ぎ見ていたチームが、目線が徐々にそろってきて、そして時には上からになります。

 本論に入りますが、トップが長く上に安住することによる弊害は、その配下のものの主体性が欠如するということです。判断して決断するという、その行程は放り出された環境でなければ養われないのです。よって、その過程を経ることが出来ない期間が長ければ長いほど、その団体はますますトップ色に染まってしまい、抜けた後もその色を払拭できないまま濁り続けるのです。
 小泉政権が二期満了まで続きましたが、その後の阿部さん、福田さん、麻生さんと来て、とうとう民主党政権が誕生してしまいました。小泉さん以降、その幻影に押しつぶされるかのように、早期退陣が続き、野党に落ちることで、ようやくあの頃の幻影を払拭できたかのようです。それだけインパクトのあった首相のあとに、個々の個性がなくなり、もたれかかっていたということです。自分の力ではないのに、支持率の高い状況に胡座をかいているうちに、矜持が失われてしまうのです。自民党をぶっつぶす!といった小泉さんは有言実行だったということです。
 現在の日本代表はメンバーを固定して連動性を高めるということで、保守的になっています。これは、最終予選で足踏みしたことで、ザックも結果を優先する余裕のない状況となったことが影響しています。端から見たら、もっとこうすればと素人でもわかることを、現場では踏み出せないでいます。今までの経緯や人間関係など、単純にサッカーだけの能力で判断出来ない状況があるのでしょう。またザックは足掛け4年という長期政権はないようです。これも、翌年にW杯を控えた前年としては、既に成熟の域に仕上げようとしているのだと思いますが、W杯をみていると試合事に成長しているチームが上位に来ます。もしくはグループにて接戦など苦戦したほうが、決勝トーナメントにて爆発する傾向にあります。一試合一試合が必然性と脳を支配する最大要因となるので、近々の試合ででの結果と過程が次に影響するのです。そこは経験という欧州リーグにてもまれていることで、順応できるところはあると思いますが、やはり直前の流れがどうだったかというところが大きいのです。勢いというものは、なかなか怖い物で、そのチームであっても侮れないということです。よって歴史と経験が必要となるのです。

 現在ザックジャパンは連動性ということで、固定メンバーにて成熟をはかっています。しかしながら、そこに脳の固定化がおこってしまいます。チーム内競争もしくは控えが同じような働きとしてできるようになるには、常に同じ意識にもってこなければいけません。使いながらいい時も悪い時も経験することが必要で、代わりに入って来る選手によって、先発メンバーがホット楽にならなければいけません。心理的に頼れるスイッチが入る交代が求められるのです。

 一人のヒトが長く固定化される、トップであり続けるというのは、世の中が多様性のなかに成り立っていることを考えると、脳がまんねりすることが問題なのです。常に刺激を与え続けること、予想だにしない局面への順応を与え続けることができることがトップとして必要であり、一人の思想にて染まることはとても危険なのです。
 
いつのまにかもたれかかり、主体性と自主性が損なわれる集団となるからです。強烈な個性は時としてはリーダーとして君臨するのは必要なことです。モウリーニョやジョブスのように改革者、破壊者のようなセンセーショナルも時代を動かしますが、それでさえも画一化なのです。モウリーニョが長期政権に向かないように、後進が育てられるリーダーであるかどうか?劇薬としての役割にて統率する改革者は、どこかで安定とさらに向上をもたらすための資質とはまた違うのです。
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