運動連鎖道場13期卒業

運動連鎖道場13期修了

昨日の6/21金曜日。運動連鎖道場13期が修了しました。水曜日コースと金曜日コース。合計30名余りの参加者にて、毎月一回海老名に集まり、運動連鎖アプローチを研鑽していきました。

今年は、ブラッシュアップや臨床応用コース、原理原則セミナーなど、新たな取り組みも始まり、そのどれもが独自のカラーを見せています。

運動連鎖アプローチのコンセプトは、自らの力で歩むということです。フォーマットを学ぶのでもなく、プロトタイプのマニュアルを学ぶのでもなく、身体の機能的なメカニズムや法則を自ら探索できる、探し当てることができる能力の習得です。

ある程度の基礎知識は不可欠ですが、世の中に五万とある各種治療方法やコンセプトをすべて習得することは不可能です。一つ一つにすべて習得するに当たり、何年もかかるからです。場合によっては創始者の域に達するのは一生をかけても及ばない可能性があり、こらは同じ路線を踏襲するだけでは、越えられない壁といえます。
つまりは個々に特性は違うわけで、自ずと得意な分野と特色は各自が出すべきなのです。
ただ、違いを出すために、無理やりとってつけて掲げるのは、ただのビジネス手法の体現になります。売れるための材料として、リハビリがあるだけで、そこには学問としての医学はありません。機をてらって、あの手この手で目先を変えて興味を引くだけの手段になるからです。

運動連鎖道場の目的は知識と技術の習得が、目的とは思いますが、習得すべきはスタンスであり、身体機能の原理原則を紡ぎ出す能力なのです。
自らの能力を自らの言葉で表現できることこそが、大切であり真似では話にならないのです。よって道場においては、ある徒手療法を教えるというような体系をとりません。
何故ならば、ある徒手療法を学べば当然、翌日からその徒手療法を施しに走るからです。
確かに習得とその適応と限界を知るためには、試してみる期間を必要です。大切なことは、体験により判別する力を持つことですが、習ったものを当てはめる治療は理学療法ではないということです。
リハビリテーションの理念に沿って、自らの力で立ち上がることの意味を体現するための、治療方法であるべきなのです。
そこには、時代における役割としての使命があります。自分の成功という枠にとらわれない理念なのです。
綺麗事ではなく、我々の職能としての価値を維持することが、いかに難しいかを、知らなければいけません。
既に出来上がった価値の上に、その恩恵にあずかっていることを自覚することです。
価値を崩すのは簡単です。奇抜なことをすれば目立つからです。しかしながら、品格をもって進まなければ、社会的に貢献することもままならなくなるのです。
凋落する過程は誰も自覚できません。統計と同じで、集計して見たら落ち込んでいたということなのです。
日々の努力はこれほど難しいことはありません。その努力の向いている方向はどこなのかが大切であり、過去の成功は既に過去だということは、世の中の事象をみていると明らかです。
成功したということを、あからさまに引っ張るのは、既にビジネスとして失敗しているのです。
自らのスキルを磨くことが伴っていない、今時の経営者が多すぎますね。
スキルもビジネス手法や戦略、つまりゲームとしての遊びになってしまっています。政治や権力者が腐敗していことが常なのは、挑んで乗り越えようとしている向上かされていないからです。本人は判断して動かしているつもりでも、ただのパワーゲームです。力をつけたというのは、個人のスキルでも何でもなく、ただのゲームにしたたかに先着しただけなのです。
一言で物事が決まる、皆が賛同するという過程に、その人の努力がありましたか?ということです。ただそう決めたという判断のために、どれほどの個人としての邁進があったかということが大切なのです。
話がそれましたが、運動連鎖道場では、さらに学術として後生に残る仕事をしていきたいと思います!
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