スプリンター

スプリントの科学

桐生選手が10:01を叩きだしてから、短距離陸上界がにわかに活気づいている。陸上競技といえば日本選手権でもガラガラで、国立競技場もホームストレートの観客席に集まっているだけで、基本ガラガラです。

しかしながら桐生選手、それも彗星のごとく現れた17才というのだから話題騒然です。
他の選手も目の色変えて、挑んでいるように感じます。注目をされるということで、これだけ意識もやる気も能力も引き出されるという事例でもあります。

さてスプリンターの分析は、東京で行われた世界選手権から科学班なるものが続けています。膨大なスプリンターの解析により、何が9秒代に必要なのかの要素を突き詰めようとしているのでしょう。

しかしながら、その膨大な分析は化学者のためのものになりつつあり、あくまでも解析、分析にとどまっており、そのどの要素を抽出するか?着目するか?つまりは、解析機器の性能が向上することに比例しています。

しかし、その機器があるから、その着眼点で見るということならば、見れることご決まっているわけで、そう言った意味においては、選手そのものの育成に生かされているかどうかは、全くわかりません。調子の悪い時にはどうなんだろう?その時に科学的データーは役に立つのか?などなど、パフォーマンスには、あらゆる心理的な要素も加味されていることは明らかなので、その持ち場にてベストを尽くすということなのでしょう。

フォームやパフォーマンスは視覚的に先ずは認識します。
綺麗だとかくずれているなどの評価は、視覚有意になります。

走るとなると、脚が速い!となりますので、スプリントとは脚で走るものというロジックになります。
よって着眼点は脚の動きから始まるわけです。

私が陸上を始めたのは中学生のとき。基本走というドリルがあり、その時は踵を素早くお尻に近づけるという論理でした。素早く引きつければ、脚が前に素早く出るという算段です。
そして腿を高く挙げる!というドリルになります。
いかにも格好良く跳んでいるように見えるからです。
この引きつける動作と、腿を上げることはミックスであり、結果的にピョンピョン跳ねた動作になります。
カンガルーやラビットが跳ねている躍動感を連想すると、合理的な動きに感じます。

さらに遡ること東京オリンピック。ボブヘイズという黒人のスプリンターがいたのですが、その褐色の弾丸とも言うべき、圧倒的なPower!手足の長い大きな身体もありますが、筋肉の発達が半端なく、理屈抜きに圧倒されることになります。テクニカルなどは霞んで見えるごとく、走る前から勝てる気がしないということです。

パワー偏重の筋力トレーニングが盛んとなり、重いバーベルをガンガン持ち上げるトレーニングが風靡しました。
しかしながら、パワーは大切であるものの、カールルイスの登場により走りの常識は大きく変わります。

腿を高く上げるわけではなく、膝を素早く折りたたむわけでもない。
プッシュ&ドライブの登場です。
地面を捉えた足で、蹴るのではなく押すという感覚です。これは実は無かった発想であり、跳ねるというバネのイメージとかけ離れたものでした。
なんとなく言葉通りだと、摺り足の腰が落ちたようなフォームにもなりかねませんが、腰の位置が一定で変わらないという知見もこの時分かったのです。さらに膝の使い方が引きつけるのではなく、股関節伸展に働かせるというのも新鮮でした。ハムストリングスは膝を曲げる筋肉であることは間違いなく、そのため素早く引きつけることが早く走る秘訣と信じられていたからです。プッシュ&ドライブの申し子であったカールルイスは、スタートこそ苦手でしたが、後半にスーッと高級車が滑るようにゴールするのを記憶しています。身体が勝手に滑っているような感じでした。

ベンジョンソンというアナボリックステロイドを仕様して、記録を全て剥奪された選手がいたが、筋肉の盛り上がり方が尋常じゃなかった。
あのあたりから、あまり筋肉の量にこだわらなくなったような気がします。
筋力に対してネガティブなイメージですね。
また日本人の体格が良くなってきたと同時に、黒人のような走りや身体になれるわけではないというところに落ち着いてきます。

イチローや野茂など、日本人らしさでの活躍モデルが出てきたことも、自らの利点を見つめ直すきっかけになっています。フィギュアスケートがあれだけ強いのも、自信になります。サッカーにおいても、W杯常連となり、海外の監督がむしろ日本人の特性を活かしたサッカーを提唱したことも影響しています。
それまでは、どことなく戦術や選手の良し悪しだけで語られており、そこに日本人のアイデンティティを思い出させてくれたのがオシムでした。
意外にも我々は海外を見ていたために、足元を忘れていた可能性があります。
末續選手が世界選手権にて銅メダルを200mにて獲得したのも大きいです。スプリント種目にて日本人がメダルをとることは考えられなかったからです。
400mリレーでも決勝にのこることが常となっています。バトンパスというスキルの結果、走力を補っています。
オリンピックでは銅メダルをとりました。このように自らの良さと、世界の情報を擦り合わせる作業を繰り返してきたのです。
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