マッスルコンディショニングセミナー報告ⅱ

コンディショニングとリカバリー

お昼に中村格子先生を池袋駅まで迎えにあがり、昼食を講師の先生方とご一緒させていただきました。
今回のマッスルコンディショニングセミナーも、東北と九州と南北ゆかりのない先生どおしのコラボレーションに行き着いたのは、コンディショニングという理念の共通があったからです。

11が2であれば御の字ですが、時によってはバラバラのマイナスになることもあります。一体感とさらなる展開への序章となるべきが、コラボレーションとなります。
中村格子先生は予防とリカバリーという観点を強調されています。
医師として、多くの外科的手術を施すなかで、これほどまでに多くの人達が手術を受ける現状において、日本の医療は持たないだろうと感じておられます。診察の段階にて既に転倒するであろうことが予想できる人が、案の定、骨折して来院する様を見るにつけ、これではいけないと強く思われたとのことです。
相模原協同病院時代にご一緒させていただいていた時には、医師と理学療法士が信頼関係の元にタッグを組んで臨床に取り組んでいました。私がまだ3年目の駆け出しの頃にさかのぼります。

なかなか理学療法士が医師との関係において上手くいっている事例は実は多くはないと思われます。
リハビリテーションへの関心は高まっているものの、問題は我々自身の社会的な責務にあります。
その現状の打破としての方向性がありとあらゆる論議がでているのが今です。
起業であれ、金儲けであれ、有名人になるであれ、職人的な探求、学術、研究、政治力など、どれもが正しいのです。ただし、ひとしきり選択肢がて切ってしまうまでは、喧騒は止まないでしょう。
医師の世界でも、ありとあらゆる全てのカテゴリーの人がいます。事件になることもあれば、プロフェッショナルに取り上げられるような尊敬に値するような方もいます。
ありとあらゆる先生がいることはわかった上で、それでも医師としての価値が下がることはありません。
一つの不祥事によってその職業的な価値が変わることなないほどに、社会的
看護師もそうでしょう。いくらドタバタのドラマにつかわれても、それはあくまでドラマのなかのこととわかっています。
現在のリハビリ業界はいい意味でも悪い意味においても、飛び出ることを良しとしない風潮があります。統制によって地位を確立しなければいけない局面にあるからです。そのための政治力さえもないのですから尚更です。
しかしながら、誰もが協会の足並みを待ってはいられません。それは、自らの人生だからです。待っていてもは機を逸するからです。よってそのような若者のエネルギーや意欲を抑えることは、実質的には不可能なのです。
しかしながら、それは理学療法士や作業療法士としての現在の地位があるから、成り立つことであることを認識していないと、おもむろに批判と中傷を繰り返すことになります。
そしてその論理の飛躍は、大義があれば何をやってもいいということになります。グレーは全て白だと!
野茂選手の大リーグへのトライから、さらにはイチローや松井選手の活躍により高まった日本人選手の価値は、先駆者あり来なのです。海外に簡単に渡れる選手が、往々にして価値を落としてくるのは、不毛の土地に道を作るほどの覚悟と力がなかったのです。
乗っかってできたことを、さも自らの手柄と思い上がるのはかんちがいなのです。
起業なんたらといってますが、それは理学療法士や作業療法士という看板があるからなのです。この職業が社会的にも全くもって評価されないものであったとしたならば、残された道は金儲けしかないでしょう。理念なんてのは社会的地位があってのことなのです。

その地位を食い物にするような言動は、いずれ自らの首を絞めることになります。もしくは、それを信じてついて来たもの達を裏切ることになります。自らだけはその、その大義の裏や利用をしていることは自覚しているので、踏み台になった人達が路頭に迷うのです。それさえも、自らの力だと誇張することもできるので、対外的には評価が下がることなありません。

スティーブジョブスを批判する人はいないでしょう。ザックバーグもしかり。しかしながら、側近として働くとどうか?おそらく伝説として付き合った方が、その幻影は崩れません。
身近に接しても、人間的にも全てが素晴らしくて、なおかつ社会的にも新しい価値観を想像し、イノベーションを起こし、世間の誰もが成功という評価の上に、人もお金も集まって産業としての進化に寄与することができる人はいるのだろうか?ビルゲイツのように、早い段階で会長職に一歩引いて、象徴として存在し続けることが望ましいのかもしれません。

野球に例えましたが、バレンティンのように助っ人がホームランを量産しないと価値がないように、一から全てを作り上げる気概が必要なのです。日本選手はベテランや実績にて、成績不信でも上がってくるまで待ってくれます。そして大リーグでダメでも、日本では高給にて迎え入れてくれます。
そのような保証された、上積みにて何かができているとするならば、真の実力ではないのです。

全日本プロレスが新しいオーナーに選手が、反発して武藤選手に社長を返納しようとする動きがあります。
イデオロギーを作り出すことで、移入できるドラマが、反オーナーという形で結束してしまっては、プロレスとしての醍醐味がなくなります。
走りだした船は元に戻っても、手ぶらで帰還する波止場はないのです。手土産をもって戻るからこそ、歓迎されるのです。
反オーナーとしてのイデオロギーを全面に出して闘えばいいものを、これでは全日本は維持がてっぺんで、下降線をたどるのみです。しかしながら新しいオーナーは追い出されることは避けられそうにありません。結果的にはオーナーの方向性がメジャーになる方策だとは思いますが、理念や哲学に合わなければ、受け入れられないということなのでしょう。
そこは用意周到な根回しや、敵を作らない対話や、理念への賛同などがなければ、ただの異文化をごり押ししただけで、結果的に業界全体を崩壊させることになります。
すいません、プロレスネタで

そこには通訳が必要なのです。言葉の違いや文化の違いは、通訳を介してわかりやすく伝えなければならないのです。

大幅に脱線したので、既に立ち戻るのも難しい話題への変遷となりましたが、リカバリーでしたね。

我々は予防についての意識が、高くなっています。しかしながら、フィジカルな面での予防だけでは、人間は構成できないことは明らかです。
栄養
睡眠
入浴
メンタル
服薬
サプリメント
などなど、我々が知らなければならない一般常識が山ほどあるのです。
健康についての哲学は古今東西ありとあらゆるものがでまわっており、しかしながら、個人としては何に興味を持つかは自由ですが、理学療法士としては王道としてのコンディショニングを知らなければいけません。
世界標準としての何かでなければ、ならないのです。自論や信じる何かは個人の自由です。そしてクライアントが、何を信じてくるのかも自由です。だから、その方法が標準かと言われると、その限りではないのです。そして、人に強要することでも、自らの正当性や優越性をことさら叫ぶものでもないのです。
例えば一流スポーツ選手や、世界のプレゼンターを前にしても、一人で納得と賛同を得られる自信があるのならば、それは本物でしょう。

わからないものほど、わからない自論とわからない説明を難しくするそうです。答えをはぐらかしたり、先送りするなどは、何も知らない素人相手の詭弁にすぎません。

さてさて、私のテーマは運動連鎖からみたマッスルコンディショニングでした。その前に中村格子先生に急きょ、大人のラジオ体操をプレゼンしていただきました。また座長もお願いしてしまいました。
急な申し出にもかかわらず、快く引き受けていただき感謝です。
ラジオ体操の歴史はそれはそれは深いものがあり、実は単なる手足を動かすための運動ではなく、本当に国民の健康に則したプレゼンツなのです。
ラジオ体操のような、と時に他のエクササイズと比して揶揄されることもあ理ますが、自動化されたルーチンではなく、そこに意義と意識性を備えれば、これは立派なボディワークなのです。それも、日本独自の日本発祥の、日本国民誰もが知っている伝統があるです。これからは理学療法士自らが正しいラジオ体操を学び、啓蒙して行くことこそが責務かと思います。

私の講義内容は、必然性のある筋緊張として、必然性の要因を取り除かなければ筋肉へのアプローチは効かないということを述べました。
またインナーと、アウターの識別として、アイソレーションという言葉を用いました。
さらっとになりましたが、諸橋先生、祝先生、山本&中村格子先生の単独での特別講座を
祝先生 8月4日臨床福祉専門学校予定、

諸橋先生 9月1日 大井町キュリアン

山本&中村格子先生 10月6日さいたま教育会館

にて開催いたします。
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