心因性腰痛とエネルギー

心因性腰痛

 心因性腰痛に対するアプローチとしてはリエゾン治療があります。リエゾンとは連携という意味らしく、運動療法と認知行動療法を中心に行うとのことです。とのことということは私はあまり意識したことが無いので、紹介しかできませんが、運動療法を継続すると痛みに対する感受性が変わってくることが証明されているようです。またようです・・これは文献を確認したわけではないので。
 ただ運動療法もフィットネスを高めるような筋の発達と心肺機能を高める目的のものと、同じような動きにおいては何を意識するかによって大きく結果が違うことは実感しています。
 つまり運動療法そのものは、形はどれをみても姿勢と肢位は別段珍しいものはないのです。見ればわかるというようなものばかりです。しかしながら、そこに流れるコンセプトにどのような違いがあるかが問題です。確かに意図せずに他のコンセプトやレイヤーに対して効果を出していることも多々あります。思いもよらない効果です。この思いもよらない効果が大きければ大きいほど、バイアスのかからない状況においても効果ですので原理原則に近い法則ということになるのです。しかしながら各種治療方法を眺めていると、かなりバイアスをかけないと効果の意識ができないものも多数ります。この刷り込みや思い込みなどのプラシーボが意味がないというわけではありません、この思い込みこそが目的としているレイヤーへのゲイトを開いてくれる鍵になるからです。信じる者は救われるというのは格言だけも文言ではなく、事実としてあるのです。
 よって、問題はどれだけ深くそのことに対してイメージできるからになります。しかしながら、これも問題で思いの強さに比例して良くなるということは、治療者側においても思い入れが強くなると傾向があります。つまり、ここに客観性と主観性のバランスが必要となるのです。
 客観性とはまさにエビデンスやプロトコール、クリティカルパスなどがそれにあたる。フォーマットとも言われる考えなくても、ある程度スケジュールに沿えば良くなるよというものです。このような仕様は、叡智の結集としてクラウド的にできあがったものです。よってその結果的に非常にシンプルに簡単に見えるものです。そこに機械的にベルトコンベアーのように扱うだけでは、その価値は低下する。何故ならその過程において、どれだけの試行錯誤と意味があるかを理解することが専門家なのです。
 その意味がわかるからこそ、こだわりと扱いの大切さがわかるのです。表向きだけの理解において、形骸化していしまうことが多々あるのは、そこにリスペクトと引き継いでいくという気概の差なのです。

 思考、価値観、行動パターン、感情、意識、固定観念、記憶が具現化したものが慢性化し表出した身体症状として発現する可能性は否めないと思います。慢性的に心と身体に影響する問題に対して、いわゆる病院においてもさまざまな試みがされていますが、やはり医療というボックスのなかにおいてはスピードが遅いことは確かです。そこはベンチャー的な思考にて外部からの刺激が必要です。働き方とライフスタイルが変化していくなかで、多様な観点からの見方がでてくるのが現代の特徴です。
 この今までは見えるものが全てとされてきた身体において、心身という新たなゾーンに入ったことで、深層心理に埋められているものが噴出してきているようです。その実は人の中に押し込められた感情や気持ちを代弁者としての方法論があらゆる分野でみられます。もはやタブーはなく、剥き出しの人の心身がそこにさらけだされているのです。
 この人の心理を巧みに活用することがビジネスであり消費者心理なのです。発達した脳科学に心理学によって、そのノウハウはメディアを含めあらゆる分野にわたっています。その方法はさらなる進化を遂げ、もはや素人には太刀打ちできない、簡単に抱え込まれてしまいます。
 これは、どのようにその力とノウハウを使うかという、モラルの問題になってきます。結果を出すというそのフレーズに、麻薬のような効能があるとしたら、その乱発に当然脳は反応します。結果がでるなどとは、ある程度経験を積みその成功体験を積算することで、実は自分の力だけでよくなるわけではないことと、所詮は限界があることを悟ります。よって私などは結果が出る・・違いを出せる、少し見方を変えるだけで全く変わって・・などの文言はそのタイミングと過程を間違えば、世の中簡単というようなマジックの陶酔に至ります。

 しかしながら、そのノウハウは医療に応用することで、心因性腰痛などどトラウマに対して対処できる手法ともなるのです。鍵の名人にかかれば簡単にドアでも車でも空いてしまうように、その鍵を何に使うかです。そのノウハウは使い方によっては泥棒にも、そして人助けにもなります。そこに気概と使命感をどのように持つかによって差が出るのです。
 いかにも誘い込むような言葉にて誘い込む言葉「忙しいのはわかっています。少しでも一秒でも時間があればぜひ・・」などの心理の奥底をえぐってくるような言葉を平気で乱発するようでは、理学療法士の国家資格に対しる貶める行為と言えます。そして「結果もだせない、変わらないリハビリはだめだ」的なキャッチコピーで正当化し、そして誘い文句の後にはゴリ押しと取り込みがまっています。表向きの顔と裏の顔、相手に対しては正当性を、自分に対しては利潤性を使い分ける人たちは、100%悪ではないので、そこに少しでも善を見ようとする人間性としての自分が、また目を眩ませられるのです。隣国においては同じ手法です。その術中にはまっていた前政権などは、相手から見るとおかしくてしょうがなかったでしょう。
 刺激しないように何もしないか譲歩しても、相手は当然その行為に対して評価するわけではなく、しかしながらこちらに対しては一向に行動を辞める気配もなくエスカレートさせる。穏便にすまそうというそのお人よしの日本人感覚が国益を損ねることをいやとうほど見させていただきました。

 さてテーマは心因性腰痛です。対処方法としては他動的なテクニックだけではもはや無理だということです。徒手やテクニックややってあげているというような20世紀版の方法は合わなくなってきています。我慢とか押しとどめるというような社会的な弱者としての締め付けが、日本においては無いからです。高級車をみて遠い憧れの世界で、それだけで敬おうと思える人はいないでしょう。自分にも可能性があると思うか、またはそんなもので誇示している様そのものが滑稽に見えます。
 明らかに対話型の心身における感情のエネルギーという観点からの見方が有効です。エネルギーワークとかいうと、セラピストの中ではまだまだオカルトの部類のイメージですが、もっと物理的なエネルギーとしての冷静な解釈が求められます。実態がわからない定量性のないものに対しての、アプローチを売りにしているようでは話になりません。そのエネルギーとは何かを運動連鎖アプローチとして紐解いていきます。

参考図書
 感情地図:キャロル・ライトバーガー.ビジネス社
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