自由診療の可否

適応と順応2

 進学、研究や発表、講師活動などのセラピストとしての大きな転機となるキャリアデザインについて述べてきましたが、続編として述べていきます。

第四のすごい
 大学・大学院への進学

 今まで、理学療法学科における四年生の大学、そして大学院の新設は大きなステップとして注目されました。やはり学校教育のシステムが一段階上がったわけですので。これはトライしようとする人たちが増えていきます。つまり明確な履歴書に書けるキャリアだからです。大学院の修士をもっていると大学の教員にもなれます。結果的に私は全く生かされたことはありませんが、人は保険を持っていると安心するというところはあります。もしかして、というときの安心を揺さぶることで保険は成り立っています。人の不安をあおるというのは一つの人をリードする時の手法となっています。これは使い方を間違えるととんでもないことになりますが、実際にビジネスやセールスにて使われている手法です。いずれにせよ理学療法学科に専門の博士課程ができてということは、画期的なことでした。大学であれば就職か進学かという選択肢は当たり前ですが、専門学校からスタートしている理学療法においては、非常に大きなステップです。心理的にそのレベルに追い付くのに必ず数年かかります。なんでも新しいものが入ってきたとき、治療体系や理論なども全てそうです。黒船が来てからすぐに受け入れられるはずがありません。攘夷や開国に世論は真っ二つに分かれるように、必ずその前には怒涛の時代があります。
 いずれにせよ、大学院に行き出した人はすごいという風潮がありました。しかしながら実際に行ってみると、卒業後には別段変わらない理学療法士としての日常がまっています。それによって働き方が変わるわけでも、そのキャリアによって特別のポストが与えられるわけではないからです。また誰もが研究分野に興味を持っているわけでなく、かえって拒否感を持つ人もいます。つまりは研究や学術が苦手な人です。誰もが宿題というか受験のような作業は嫌なものです。体育会系の人にとってはますます嫌な分野でしょう。また臨床と研究ではなく、管理者むきの人たちもいます。

第五のすごい
管理者

 理学療法質やリハビリテーション科などの主任になること、または部長は医師が多いですが管理者として役席につくセラピストは必ず必要です。若いときにその責務につくと、その責任感からものすごく頑張ってしまいます。親の気持ち子知らずといいますように、役席になると初めてコストのことや事務方との折衝などが増えてきます。臨床や知識での悩みばかりと言ってはいられなくなります。グループとしてまとめていかなければいけなくなるので必然的に考えることが多くなります。現在の病院はどちらかというと事務的な決め事や書類が多くなっており、その事務的作業能力も大きなスキルとなっています。よって昔ながらの職人的な臨床家は向かないことも多々あります。管理者がより注目されるようになったのは、回復期ができてからだと思います。回復期はどれだけ入退院ゆあベッドの回転率を上げるかということにおいて収益に寄与できます。また、充実加算ととるために人員配置などもしっかりとしなければいけません。このあたりの病院や施設事情を理解したうえで、臨床などにおけるレクチャーをしたほうがいいでしょう。独立起業している人たちはこの視点は全く欠けています。経営者としてやっているというかもしれませんが、それは所詮は全て自分に跳ね返ってくる自分のためにやっていることであって、病院での科のため病院の収益のためというのとは大きく違います。モチベーションもプレッシャーの質も、まさに中間管理職のノルマといってもいいでしょう。管理者が注目される大規模な回復期病院においては、その運営方法についてのレクチャーのスピーカーとして呼ばれます。よって今までは臨床や研究でなければスターダムに上がれなかった時代から、管理者としての実務能力、管理能力にて表に注目されるようになったのです。このような病院は一人のセラピストが注目されることはありません。どちらかというと病院や院長が注目されることになります。
 この若手が主任になるという流れは、三年ぐらいで燃え尽きることが多いのです。やはり若く責任感にて頑張りすぎると、息切れしてしまうのかもしれません。よって長く病院に勤められる人は、やはりどこかしら割り切って定住する細く長くいられるために無理をしないということが一つの適応なのです。
 あながちそのような長く務めている人の身になってみれば、これは必然性なのかもしれませんね。しかしながら後輩からすれば迷惑な話で、やはり夢と希望と未来を感じさせるような働き方を示せる上司であってほしいものです。先輩や上司がそのような反面教師になってしまうところに、真摯に取り組んでいる若手の理学療法士は、大義名分としての自立した実力をつけよう的な、ビジネス手法の誘いに惹きつけられるのです。宗教においても有能な理想を持った若者が多く入信するのも同じプロセスなです。
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