平成24年度第1回宮古地域リハビリテーション研修会

平成24年度第1回宮古地域リハビリテーション研修会 報告


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市役所に掲げられた横断幕。市役所は沿岸部の脇にあり1Fは津波被害を受けています。鮭が名産のようです

  平成12年10月6-7の二日間、岩手県宮古市になります宮古第一病院にて研修会を開催していただきました。この研修会は現在、第12期運動連鎖道場が開催されていますが、そこに宮古第一病院の理学療法士である野口さんが参加していただいていることもあり、企画として立ち上がりました。
 まずは被災地である宮古から積極的に勉強会に参加していただけるだけでも少し驚きでしたが、その所以が実感できた遠征でもありました。つまり宮古第一病院はこう言っては失礼ですが辺境の地にあるといっても過言ではありません。岩手の盛岡からもバスで二時間余り。在来線は通っているものの乗継はよくないようで、本数も少ない。沿岸部は私も45号を何回か車で走っていてわかりましたが、非常に内陸部とのアクセスが悪いのです。このアクセスの不便さが支援や復興への足かせとなっていることは間違いありません。宮古に関しては、東北沿岸部を見てきた中では非常に町並みの復旧が進んでおり、津波にて甚大な被害が出た地区であることが連想できない状況でした。しかしながら、真っ黒な津波が車ごと堤防を乗り越えてくる決定的瞬間としてよく目にするあの写真の地こそ宮古であることを考えると、その復旧のスピードは驚きとしか言えません。現地のスタッフもお店や家などの復旧はなぜかとても早いと実感しておられるようでした。宮古の湾岸は地平線が果てしなく見えるという風景ではなく、海が山に囲まれているような感じでした。

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二日目の早朝に散歩。海面はどことなく盛り上がっているようにも見えました。さらに下流にいけば地平成もみえるものと思われますが、かなり半島のような山に囲まれていることがわかります。

その山が津波を分断して防波堤の役割を果たしたことも被害の最小化に寄与してはいるようです。しかしながら、また人がまたその地で根を下ろして暮らそうという雰囲気が街から感じられます。とはいいつつ実情は人口の流出という意味においては、盛岡へ移住してしまった人は多々おられるようです。それは宮古という買い物や交通や医療などの面での不便さからの脱却にあたって、震災がそのきっかけとなっているようにも思えました。

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宮古駅前。盛岡まで在来線が通っています。高速バスが東京まで通っており、11時間かけて?海老名での運動連鎖道場にも通えます。

さて宮古第一病院には約50名のリハビリスタッフが在籍されているようで、ちょっとその規模での医療スタッフというのは最近は珍しくもなくなってきましたが、この地区にて展開されているということにおいては少し驚きです。それも以外にも地元ではなく関東からの就職者もちらほらとおられるようで、地方が多くあるなかで宮古第一病院が少なからず選ばれる理由があるはずです。私の知り合いのPTSも来年度からの就職を決めています。

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これは宮古第一病院のスタッフとともに最寄の仮設住宅支援に二日目の午後に行った時のものですが、青春リハビリテーション!宮古第一病院の院長先生のスローガンです。スタッフも訓練室もそれこそ玄関先からすべてこのキャッチコピーが至る所に目立つように掲げられています。訪問の車にもすべてこの通りです。これは一度見たらというか必ずすれ違う人が二度見してしまいます。つまりのろころスタッフが研修会などにて休みの取りやすい環境にあるようで、つまりのところ沿岸部であっても安心して働ける場であるということがスタッフの増員とやる気を引き出すことにつながっているように思いました。スタッフそれぞれが全国、いや世界にて研鑽して病院に持ち帰っているようで、各々が切磋琢磨していることがよくわかりました。よって地方である宮古においても、何ら情報の遅れも感じない程のレベルでした。
 このような病院が地域にあだけでも復興には大きな力になったことでしょう。
さらにセミナー内容などは後日報告します。


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