脊椎固定術後の理学療法

脊椎固定術後の理学療法

脊椎固定術は病院ではごく一般的に行われている手術であり、また固定するとう概念そのものが整形外科の中ではポピュラーと言えます。

固定術の理論的背景としては、脊椎の不安定こそが腰痛の主な原因であるという理念があります。不安定な脊椎が神経や組織に負担をかけるのなら、固定したほうが痛みもなくなるだろうという論法です。
しかしながら、痛いところを動かすから悪くなるのであって、動かさなければいいという論法には⁇を感じることが多々あります。

理学療法士が、手術の適応について切り込んだことは無いということと、また不文律からタブーとされているところもあります。

本当に歩けなくなるという究極の選択において外科的な適応があるべきところであり、本来は保存的な療法にて対処できることが多々あるということです。
今朝のテレビにおいても、慢性的な痛みを抱えてる人の70%は通院しておらず、また病院を変えたりなどの経歴が多いということが報道されていました。病院に行っても、具体的な回復にはつならないことが多いことが多いものと思われます。投薬、注射、点滴、どれもが大元の原因に迫るものではなく、薬理学的な効果によるものだからです。

では、理学療法においても、その役割をに担えているかというと、理学療法の法律そのものが基本的動作能力の獲得と明言しているとおり、あくまでも高齢者の動作獲得という観点が強いことは確かです。


物理療法は決め手にならず、徒手療法も手技の方法論はレクチャーしてくれますが、具体的な実践に即したプログラムの提示は皆無といえます。
ボディワークもそうですが、ピラティスをやれば良くなったというような、特定の方法に寄与した評価は医学になり得ません。そのメカニズムを解明するからこそ、汎用性がでてくるのです。方法論が先行するというのは、あたかも異種格闘技戦のようなもので、結局は流派の看板を背負っているとうことはあっても、個人の実力によるところが大半です。

格闘技を昔から興味があって見ているのですが、プロレスからUWFなどの格闘技系が派生しましたが、プロレスほどの熱さは表現できず、しかしながら現在の総合格闘技のようなガチンコ感も劣るという結果を招いています。今では元UWFやパンクラス系のレスラーがプロレスに舞い戻ってきて活躍しています。

流派の違いは確かに知っている知らないの差だけであって、もしも用意ドンにてスタートしても勝てるかどうかが大切です。もちろん選択するかどうか、巡り合ってその巡り合いをチャンスと見れるかどうかが人生という答えの無いストーリーには大事であることは明らかです。

さて話がそれましたが、固定術にはPLFやPLIF、最近では2~3椎間のみならず、脊椎全体にわたっての固定術をよく見かけます。仙腸関節さえも固定していることも珍しくありません。もともと多椎間の固定は側湾症においてinstrumentationとして支柱とロッドを埋め込む手術が存在していました。
それが昨今は脊柱管狭窄症においても、多椎間の固定へと発展してきたのです。固定の理念を推し進める結果、ここまできたかと思ったものです。

では保存的に全て改善するかと言われると、其れも確固たる確証も無い。結局は理学療法士も、傍観しているだけの現在といえます。
そのためには、しっかりとした後療法においても理学療法を確立させなけれはいけません。
整形外科としての見解と対等にわたり合える、理学療法を治療として昇華を果たさなければいけないのです。
 またそのためには、研究データをもって学会に出すしか無いというのも現実です。

さてと、固定術後の患者ですが、手術直後は症状の改善を認めます。痛みと痺れと、動けないほどの症状からの解放です。そして入院期間中は問題なくすごし回復期を経て退院となります。しかしながら、退院後も外来でもフォローはほとんどありませんので、その後の状態がわからなくなってしまいます。外来の診察にはかかっていても、リハビリにはフォロー体制が備わっていない所が多いのです。
 全ての事例とはいいませんが、おおよび手術後半年ぐらいで、また術前とは違う腰痛と痛みの増強にて外来にかかってきます。外来リハビリがあれば、そこで回ってくることで初めてその事実を知ることになるのです。しかしながら、昨今のリハビリは期限というものが念頭にあって、それは症状の緩解とは関係なく優先事項となるものです。治っていないから通ってくるという治療とは違い、リハビリはある期間を決めて受けるものであって基本的には完治を目指すものではないというスタンスです。ところが患者としてはつらいわけですので、終了というものに納得がいくわけがありません。患者にとっても医師も理学療法士も治療にきているというスタンスなのです。機能回復イコール理学療法ではなく、治癒そのものが病院という視点です。
 腰背部の痛みに対して、理学療法において背部を鍛えるという発想は一種違和感を覚えるようですが、その解釈が大切になります。
 一般的に腰部の手術後は手術創部によって神経繊維そのものの侵襲するために、多裂筋などの背筋が萎縮すると言われています。また固定することによりコルセットのようなものなので、自らの筋肉にて支える能力が低下してしまいます。もともと固定術において屈曲と伸展どちらが制限因子となるかというと、屈曲への可動性の制限が大きく、そして禁忌にもないます。もちろん過度な脊柱運動そのものが制限ですが、脊柱圧迫骨折などもそうですが、腰椎のアライメントという観点からも、意識としては伸びる方向、伸展となるのです。

 脊柱は金具だけで安定するか?
 おそらく例え脊椎が固定されていたとしても、筋肉でのサポートが必要です。金具の固定性だけに頼っていては、固定性が弛んでしまう可能性があります。固定されていたとしても、僅かなたわみは存在するはずです。しかし筋からすると固定されているということは基本的には収縮はしなくても良い環境であることは間違いありません。
 ただでさえ術前から姿勢は伸展に伸びているというより、猫背や骨盤の後傾により屈曲傾向です。脊柱は椎間関節にて支持することで背筋の負担を軽減するメカニズムを有しているのですが、そもそもが崩れていることで脊柱管狭窄の要因となっているわけで、その大元のメカニズムが生きていることになります。予防というならば身体の使い方や姿勢の改善を目的とする必要があるのですが、体幹といえば腹筋という着目のされ方を世間全体にてされているので、いつのまにか我々理学療法士も背筋のイメージが薄れているのです。
 多裂筋も背筋ですが、固有背筋は着目されておらず、その背筋を鍛えるという体幹の伸展運動そのものから遠ざかっているといえます。ここに体幹理論のエアポケットがあるのです。体幹筋群において伸筋である背筋は赤筋がメインであるため腹筋に比べ低下しにくいという特性があるようです。また背筋にはコンパートメントシステムを要しており、これは伸展運動をしなくてもいわゆる中腰のような姿勢にて、エクセントリックに負荷がかかっていることも要因となっています。
 脊柱菅狭窄の内訳として無分離辷り症があります。いわゆるモーターセグメントのinstabilityというやつです。この無分離辷りは実は屈曲運動においてより前方に辷るという特徴があります。症状は伸展にて神経症状と痛みです。屈曲では無症状なのですが前方に辷っているのです。背筋を本来の伸展運動ではなく、コンパートメントシステムlばかりを活用していると、いずれ伸展制限となって脊柱運動を阻害します。これは結果的に脊柱菅狭窄症において、さらなる前屈みの姿勢を増長してしまいます。研究データによれべ伸展により脊柱菅の断面積は30%狭くなるために、馬尾神経が狭窄されるため、いわゆる両下肢に痺れと痛みが生じ、間歇性跛行になるとされています。しかしながら、そこに背筋も含めた伸展機構としての実験環境ではないことがポイントです。前方に辷った脊椎がさらに伸展にて椎間孔が狭窄される、脊髄が段差によって折れ曲がるということも症状発現に関わっていると思われます。屈曲においては脊椎が前方に辷っても神経そのものの伸張性によって症状再燃になりにくいのかもしれません。

 いずれにせよ固い背筋が狭窄症にてよく見られる臨床所見となり、本来の柔軟性のある背筋に戻すこと、つまりは背筋を背筋としての作用にて働かせられる姿勢に戻すことが不可避なのです。そのためには、背筋を中腰などの伸張性はなく短縮性に働かせる必要があります。よって第一選択としての肢位はうつ伏せになります。うつ伏せになることで必然的に背筋は促通されることになるのです。ターゲットは多裂筋もですが最長筋などの固有背筋になります。多裂筋だけだと、理論上仰向けの腹横筋のトレーニングにていいことになります。またうつ伏せや四つ這いにおいても、腹横筋という発想では椎間関節を上手く活用する視点が欠けてしまうのです。
 前方に腹部に意識を向けるということは、人は前屈するというシグナルになるのです。そこは筋の作用云々ではなく意識によっておこる身体運動という観点です。
 前屈への作用が全身をもって起こるということは、椎間関節は解除されるということになります。結果的には多裂筋も効果的には促通されないばかりか腹部も固くなり、結果的に固まった体幹になります。固定性のある体幹とは可動性を有し外乱に対して安定しているということです。
 本来であれば腰部や脊柱のリハビリは仰向けにて行うということになりますが、上記の理由により常にうつ伏せから四つ這いそして、両膝立ち、立位、歩行へとつなげていきます。
 

つづく
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