運動連鎖の原理原則

身体機能の原理原則

現在、鹿児島や広島にて運動連鎖道場を開催していますが、最近強調するのは原理原則です。部分から始まったリハビリの歴史は本治療法ともいえるコンセプトの必要性に迫られています。

2012-09-01 17.17.20
上記は鹿児島にて運動連鎖というより求められる臨床形態についての板書になります。左の方に書いている健⇒患というのは、患部を見る時も必ず他のポイントと同時に連鎖をみていきながら施術するという意味です。

 外科的な考え方ですと、悪いところを取り除く、または固定するという発想になりますが、それはあくまで病院にて既に手術が適応な患者への発想になります。病院は大半そういったADLそのものに支障がでようかという患者が対象になるわけで、医師も重傷な患者さんへの対応のノウハウが豊富です。
 
 しかしながらリハビリにおいては、現在予防的な観点が益々高まっている背景には、ICIDHの概念つまりimpairmentへのこだわりからの脱却にほかなりません。ICFそのものがより肯定的にみる概念になりますので、足りない機能や失われた機能によって社会的にも制限を受けるという根本的な発想からの脱却です。リハビリテーションとしては大きな進歩であり、先人の人たちのたゆまない思いがそこには感じます。

 しかし、実は予防というならば身体機能の原理原則に至らなければ、予防という言葉の概念は素晴らしいのですが理学療法士として具体的に何をやるかということになってしまいます。現在、健康運動指導士などの健康に携わる職種やライセンスは多様化しており、予防とは単に高齢者の介護予防といった観点だけでなく、health健康そのものの観点が必要となってきます。健康としてのリハビリテーションという理念は実はないのです。

 理学療法士ですと運動指導ということになりますが、この運動指導そのものに力点を置いたノウハウは少ないのです。予防のためのストレッチは筋力トレーニング指導というのはとても大切ですが、そこに理学療法士ならではの何かが足りないように感じます。特別な存在になる必要もないかと思いますが、職能集団としての気概というものを持ちたいと若手の人たちは当然考えます。
 なでしこジャパンの活躍が、注目されて意気に感じるヤングなでしこの溌剌とした躍動は、やはり注目されている、期待されている、からこそなのです。男子サッカーにはない独自性として確立しつつある女子サッカーは、ただ一生懸命というだけでなくパスサッカーという女子サッカーのなかでは独自な路線を描きつつあります。またフェアプレーでひた向きさに、何か日本人としてとても共感できるものがあり、余計に応援したくなるのです。その社会的認知はますます競技人口の広がりと夢を与えることができます。

 よって、そこにはカラーが必要なのです。業界は違えども社会に対して私たちはこんなにも必要な立場なんですよという当たり前のアピールが必要なのです。私自身がリハビリテーションの理念に則った専門家である理学療法士という職業に誇りをもっていますが、災害を通じてますますその意義を強くしています。

 職域の拡大と地道な教育と研鑽は当然今迄通り続けることが前提として、その個々の思いが結実する形が必要です。理念を顕在化するための、具体的なコンセプトです。それは身体機能の原理原則となって社会に打ち出していくことなのです。もっと総合的な医学的な観点からの健康という視点と学習は必要でしょう。

 積極的に自らが前面に立っての社会貢献姿勢も必要です。それは与えられた義務ではなく、能動的な自立こそがスポーツにおいても世界に羽ばたくためのキーワードであるように、何が取り柄か、持ち味かということを、個人レベルだけでなく、業界そのものが打ち出す必要があるのです。

 
 医師が手術や診断、投薬、注射などの絶対的な専門性があるように、やはり医療ですので治療に軸足があっての予防なのです。予防に興味があるといっても何をするかということです。おそらく予防にはデータ管理などデータエーベース的なシステムが必要で、それは長く地道な作業を伴います。全体的な統計データが時として個人レベルに落とし込んだ時には効果を実感できないことが多々あるように、集団的な数値と個別の事例に対する対応は違うのです。統計学的に優位に出たからと言って、それは何を指標としているかということであって実感と満足度とは違う話です。
 我々が意気に感じるのは個別に貢献できて喜びの声が聴けて、そしてデータでも裏付けがあるということです。データありきで存在価値が高まるわけではありません。みちろん国に対してはデータですが、それによって個人がいきなり引き上げられるわけではありません。

 治療という医療に軸足を置いて、そして社会的な変容の中で新たな理念を打ち出しながら、適応していく。
その軸足こそが身体機能なのです。スポーツ選手に対しても貢献していますという広報はされていますが、具体的に理学療法士でなければというところは見えてきません。ロバート大橋氏のように室伏選手や錦織選手などに動きづくりという理学療法士の専門性であろうといえる分野にての活躍が望まれます。

 さて前段が長くなりましたが、ようは関連要員もしくは根本的な連鎖によって障がいは形成されていることが多々ありますので、局所のみのアプローチは西洋医学的な外科的な発想になってしまいます。またオステオパシーや整体などを参考にするのは良しとしても、そのまま導入してしまうのでは考え物です。そもそもの哲学が違うからです。日本の理学療法の社会のなかでの今という観点にて構築するからこそ専門になるわけで、全員がオステオパシーを前面に出すのは、それは既にリハビリ教育そのものが端に追いやられることになります。

 みなさんも経験したことがあると思いますが、業界が違えばまったく違った空気が支配していることを。
始めはその空気に触れて、世間は広いんだと、海外旅行に行ったときの高揚感に包まれますが、長くは続きません。いくら海外のことを言われても行った人しかわからないからです。よって往々にして海外にて学んだセラピストが日本では適応できていない様を見てきましたが、教育とは文化と歴史によって培われることを考えると、いきなり違った考え方を取り入れても受けいれられるわけがないのです。

 海外においても日本の良さを出してこその認められるということになります。単に海外で学んだというだけでなく海外にて認められたという実績があってこそ、日本でも認められるのです。行ってきただけではどこの業界でも話になりません。行ってきたというのは既に過去の遺産ですので、ingであることこそが不可避なのです。

 身体機能の原理原則ですが、治療そのものがフィットネスに直結するようなアプローチが理想です。部分的な改善が全体性に結びつき、そして体力的な側面にも言及できている。それが別々にプログラムされているわけではかく、一つの試みが2にも3にもなって波及する効率性が必要です。一日に何時間も時間がとれないことも多く、効率的に短時間で多くの効果が折り重なれば重なるほど、結果としては反映します。

 右の図は抗重力性とそして感覚入力による脳への賦活と能動性としての筋骨格運動を並行します。そして原因と結果の因果関係の要因である①運動連鎖 ②姿勢制御 ③筋連結 などのアプローチとして刺激とモニタリングサイドをしっかりと特定してアプローチすることです。
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