三陸復興支援セミナー

セロトニンエクササイズ

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 7月21日土曜日、石巻市にあります医療法人社団仁明会斉藤病院にて三陸復興支援研修会として、セロトニンをテーマにセミナーを開催させていただきました。斉藤病院は、石巻市の中でもリハビリに勢力的に力を入れている病院で。急性期から在宅まで幅広く地域貢献されています。今回の趣旨としましては、私自身が「支援している人を支援する」という理念のもとに昨年の震災以来、リハビリ支援活動を継続してきましたが、まさに地元のリハビリ関係者に対する、何らかの貢献というのが最大の目標であったということがあります。昨年までは石巻がどこにあるのか?どのような街なのか?どんな病院があるのかも全く知らない状況でしたが、実は宮城県のなかでも二番目に大きな街であり、仙台とのアクセスも良く(現在は在来線が不通)、リハビリ関係者だけでも170から180名ぐらいはいるのでは、と聞いたことがありますが、他の被災地に比べるとリハビリ資源の充実した地域と言えるかもしれません。
 それでも、昨年度は離職に求人不足などの憂き目にあったようで、先の読めない不安や焦燥感もあったかと思います。それでなくても、平時であっても環境の変化やキャリアアップのために、職場を変わることはごく自然なことですが、現在、石巻にて尽力されているリハビリ関係者にとっては、その地に留まることに対する意味付けも必要ではないかと感じています。つまり、基本的には個人的な理由にて離職することは問題ありませんが、被災地であるということにおいて居なければいけない、という観念にとらわれる可能性があるのです。私なら、きっとその地で働くこと自体に意味のあることと考えると思います。この震災を機に、人生の変わって人は沢山居ます。陸前高田においても、あるそば屋の三代目が仮設の商店にて立ち上がっていましたが、見れば若い店主です。先代は津波により亡くされたようで、まだ20代とおぼしき息子が後を継いだということのようです。おそらく、先代が生きていれば、これほどまでに早く家を継ぐことは無かったかもしれません。失うことで、看板も含めてその大きさと、地元にて貢献してきたその声の後押しも合ったものを思われます。人は必然性が高まれば高まるほど、覚悟が決まって来ます。
 さて、まだまだ私自身も石巻の気仙地区そのものに対する理解は足りませんが、今回は女川、東松島、仙台、気仙沼からも多くの参加者が集って頂き、おそらく80名近い参加者にて賑わいました。若い世代の理学療法士や作業療法士に対して、出来るだけものを話しやすい雰囲気を作りたいといつも思っているのですが、私自身もそうですが、いわゆる講師と呼ばれる先生方とはおいそれと気軽に本音を話すことはできません。ましてや、気軽にというのは難しいことです。つまり、友達感覚ではないですがハードルを下げる訳ではないですが、こちらが垣根を作っていては真の交流をすることもできません。今までも、偉い先生方に対して主催者および関係者がこぞって持ち上げて接待する様を見るにつけ、これでは講師となっている人は同じ空間にいたとしても、真の情報や思っていることが何も伝わらないだろうと感じていました。まさに裸の王様です。本音ではなく建前とおべっかにて粉飾された人間関係においては、真の情報は伝わらないのです。
 誰でもそうですが、共感して信頼がなければ本音を聞き出すことはできません。被災地ならではの思いを各々が秘めて、見た目は通常に戻っています。
 このような災害がなければ、それほど周りの病院関係者との集いやコミュニテイィを持とうとはしないかもしれません。各々の生活を中心に考えればいいわけですので、交流することの意義というのは一部の人を除いて感じられないものです。しかしながら、何かを共有しようという意識が、このような未曾有の事態を経験すると起こるものです。同じ釜の飯を食ったもの同士の、言葉ではない一体感や連帯感。それは同窓生などもそうですが、郷里の幼なじみなど理屈抜きで交わされる空気があると思います。それは改めて説明しなくても分かり合える空気感です。一年四ヶ月もたった現在においては、会話や空気において常にその影を見せ続けることは、各々が遠慮しがちになります。いつまでも引きずっていられないという思いと、周りが各々の生活に戻る中で話題にすることが減ってきます。また世間の風化していっていることを肌で感じていることで、その想いを自分の殻に閉じ込めるようになってきます。しかしながら、人生において余りにものインパクトと衝撃をもって記憶されたその事実は、脳に深く刻まれることになります。
 昔、中東の国で日本人が監禁されて命の危険にあった事件がありましたが、その時に一緒だった人たちのその後の「僕たちの結びつきは強い」という表現を聞いたことがあります。私も大学院で共に辛酸をなめた同僚は、ほとんど普段は連絡をとりませんが、結びつきの強さを感じます。そのような人間関係というのは崩れないし、結束は強いです。だからこそ、そのような経験をもった人たちだけで、どうせわかってもらえないということで籠ってしまうのではなく、自然に分かり合える場が不可欠だと思われるのです。
 いろいろな話を聞く中で、今回の震災にて否応なく病院から世間に社会にでることを余儀なくされた人たちもいます。病院内にて理学療法士をしていると、実は個別にて対応することが全てだと思い込んでしまうようです。つまり集団的なアプローチなど効果はないと。しかし、震災において仮設住宅での集団体操などは頻繁に行われており、その効果は疑い用の余地はありません。しかし、大衆の前で体操教室のインストラクターのような雰囲気を出しながらのセッションは慣れていない人が多いのです。
 そして理学療法士は少し威厳があって、生真面目にやることが本文だと思っていた人も多いようです。bodyworkに慣れ親しんだ人であれば、そのような感覚は一切あり余せんが、その辺りは東北の地と言うことを考えても、理解する必要があるのかもしれません。
 今回、強調したのは従来の筋力強化としての運動療法ではなく、そこに流れと呼吸とイメージを加えるだけで全く違う効果が期待出来ますよということです。呼吸に運動の載せるという意識にて、エクササイズを提供することで、単なる筋力の強化ではなく脳内へのセロトニン神経の促通と活性化による効果が出来たい出来ます。
 現に、今回も15分ばかしの運動を参加者全員で行いましたが、この短い時間においても従来の筋力強化だけではない感覚を体感していただいたようです。目的としては現地のセラピスト自身のヒーリングということともに、より大衆に望まれているものを提供できるような、セラピストへの提言という二つの意味をもたせていました。
 我々の拘りと理論が、むしろ大衆には世間には受け入れられない自己満足的なことは多々あります。
次回は11月3日の土曜日に足をテーマに一日セミナーを開催する予定です。また皆さんと合えることを楽しみにしています。
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懇親会風景です。石巻の理学療法士の乗りはまたぶっ飛んでました。この人たちがいるなら大丈夫ですね。
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