表裏一体

表裏一体

 世の中は裏と表があります。表の顔と裏の顔。心理的にも建前と本音があるように、運動連鎖においても内在的なものは裏、そして観察的にみれる動きは表の運動連鎖ということになります。
 我々は生まれたときから、ルールという社会性を教育されてきたため、その価値観が当たり前となります。しかしながら、海外にいくとその常識が通用しないことは多々あることも知っています。民族性、国民性、などです。国内においても地域性、出身地、出身学校などによって気質も変わります。校風というように伝統とは一つの個性です。
 臨床に置けるセラピストの心理というものはとても大切です。この心理状態が揺れている、もしくは迷いがあるといい治療ができないことを、我々は知っています。今日は調子が良いな。今日は流れが悪いな。ということは誰もが経験していることで、表向きはエビデンスやクリティカルパスですが、裏ではこの自らのこゝろの状態に、大きく左右されてきます。
 スポーツ場面でもジンクスや験を担ぐというように、メンタルコントロールの重要さは言う間でもありません。経営者や各業界のトップを張っているひと程、このメンタルコントロールそして心身のバランスやエネルギーの大切さを身にしみて分かっており、そのエネルギーやパワーが何なのかは誰も実態はわからないまでも、おそらく直感的には感じているんだと思われます。
 一瞬の流れや時流を読んで、その決断のタイミングを逸しないということ。これは努力や経験もそうですが、人智を超えた何かが必要だと思われます。いわゆる運というものをより感じているのお世の中のトップを言っている人たちでしょう。偶然とも言えそうな、しかし必然とも思われるその結果について、では次も上手く勝ち馬に乗れるか?と言われると自信はないし確信も持てないということになります。守りに入って時流を逃すこともある中で、その戦略や方向性への決断は一瞬の迷いが路頭に迷うことになります。
 今回のオリンピック予選ではバレーボルの男女とも、あらゆるデータやipatなどを駆使して、それこそ世界一と言われるほどアナリストからの分析をもとにチーム戦略を立てたようでした。しかしながら結果は女子は4位でギリギリ、男子に至っては箸にも棒にも引っかからないような結果でした。最前を尽くしたとしても結果を得られるとは限らない、しかし次に繫がるといっても4年に一度のオリンピックを逃すこと程の経験は、特にお家芸とも言われたバレーボールに至っては、何度も何度も繰り返していいわけはありません。
 数値にこだわり戦略を立てた結果、自らの人間の意思と気持ちが置いてきぼりになって、目の前の敵に向かうためのキャパが一杯になってしまったということだと重います。
 話がそれましたが、臨床に置いても平常心というか結果が出るときの心理状態は、この表裏一体という原理を自らの行動規範に落とし込むことです。表とは情動の移り変わり、つまりこゝろの迷いや情報に振り回されるということです。裏は理念や真理といった、変わらない普遍的なものです。状況に左右されない理念ということになります。クライアントに感してもそうです。相手の立場やヒストリーなどの情報は必要ですが、必要以上に意識してしまうとかえってセラピストのペースを崩されます。あくまで治療者側の良い意味での流れに引き込まなければいきません。サッカーなどのスポーツにおいても、相手のペースで戦うと良くないように、こちらの流れにもってkなければいけません。その流れに乗ってもらうことが治癒という機転に入ってくるのです。
 表では今現在の目の前の事象に、そして裏ではその中身である生体の発するサインやシグナルを感じること。つまりは内在的な運動連鎖として心理も含めてフォーカスすることです。
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