運動連鎖道場in広島報告


2012-07-01 10.47.49
 世話人の理学療法士、池田さん。理学療法は面白いと後進に伝えていきたいという熱い思いを持ってらっしゃいます、

 脳に響くパルペーション
 運動連鎖とはメカニカルな物理的な関係性ではなく、脳を介した反応を引き出すことが真骨頂と言えます。つまり、物理的に操作しようとするのではなく、感覚入力によって脳を介して、連鎖を促すというロジックです。では触っているだけでいいのか?そのような疑問を呈すると思います。
 リハビリにおいて関節を動かさないで、ただ手当のうようにじっと留まっていることが理学療法と言えるか?こような考え方は、理学療法そのものにはありません。当然学校教育においても先輩からも教わることはありません。仮にそれがリハビリの分野にて提唱する人がいたとしても、文化として無いので、空気として定着しません。空気というのが場の雰囲気ということになります。
 サッカーにおいてイタリアがカテナチオという鉄壁のディフェンスを誇っているように、選手が変わっても連綿と伝承されていきます。もちろん、伝承されただけでは進化はしないので、新たなスパイスが加わっていなかければ形骸化してしまいます。
 バロテッリという21歳のFWが一躍脚光を浴びてますが、イタリアの堅守に攻撃的なスパイスが加わることで、さらに伝統が光り輝くという好循環を生んでいます。

 これは、どの業界においても大切なことで、理学療法においてもパラダイムシフトがいい意味で起きてこなければ発展はしません。新たな概念は、そのまま受け入れることは難しいですが、理学療法の中に上手く取り込んでいかなければいけません。そのためには、より文化にあったアレンジが不可欠です。カイロプラクティックやオステオパシー、ヨガ、アーユルヴェーダなど、理学療法においてもいい物は取り入れようと言う流れはありますが、新しい未知なる物への憧憬というニュアンスが少なくありません。開拓、パイオニア、冒険、人は歴史的に踏破していくことで発展を遂げてきました。
 新しい未だ見ぬ果てへの憧れ、それこそが人の真理なのです。しかしながら、その真理にはリスクが伴います。勇気と行動力、それは時として変化を危ぶむ声にかき消されてしまいます。また明確な評価と高価に対する検証と世論の後押しが無ければ変化を受け入れることはありません。サッカーであれば、どんなに自己満足にて上手いと自負していても、世界基準なので井の中の蛙ということを思い知らされます。地域で天才であっても、世界はおろかJリーグにおいても定着するのが難しい現状です。ましてや世界となると、多くの選手がその壁の厚さに跳ね返されています。このように、サッカーにおいては結果が全てなので、例え調子が良くても勝てなくては反省せざるを得ません。そして、勝敗という明確な基準にてチームは順位を上げ下げし、そして個人においても出来不出来のレッテルを貼られます。
 よって、パブリックにて評価される機会が少ないということは、変化としては緩やかになります。
話が飛びましたが、パルペーションにおいても、侵襲性が無い触り方が大切であり、従来の触察というイメージちは違います。理学療法でいう触察は解剖学的なイメージですが、それは基本でありながら、生きた生命へのタッチングではありません。感情があり、そして感覚入力による反応があり、納得する過程を経て学習していくという過程を踏まえてのパルペーションでなければいけないのです。
 探索的な触り方というのは、麻痺側による新たなニューラルネットワークの再編という意味においては大切です。しかしながら、セラピスト側が探索的な触り方をするというのは、センサーとしての役割を損ない、むしろ物を動かす、工作するという建物的な発想になります。その建物的なロジックは時として、答えが明確であり、アカデミックで先進的なイメージを与えます。よって若い理学療法士においては、そのロジックに魅せられてしまうことが多々あります。identityの構築途上における、その脳への刷り込みは、インパクトとして絶大です。よって学生時代にどのような教育を受けるかということ、さらには働きだして数年における過程の影響は、その後のセラピスト人生を左右する出来事になります。
 言い切るということが、時としてカリスマの条件になるように、自信をもって持論を表出できるという人はそうは世の中いません。だからこそ、自分の生きる道への、タクトとしてその人に傾倒していくのです。
 
 つまりは、文化にない概念というのは、そう簡単には覆らないということです。よって運動連鎖アプローチ協会が提唱するパルペーションは、受動的な触り方、モニタリングとしての役割とメインとします。そこに自らの筋緊張や、筋収縮感が入ってしまうと、モニタリングとしてのセンサーの役割が逃げてしまいます。
 反応をみて、そして変化を感じて、その変化をフィードバックして、認識してもらい、さらには教育学習過程を経て、新たな運動連鎖の定着を促進するということが大切なのです。
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