人生最後の断捨離

Category: 多事総論
人生最後の断捨離
~安心して逝くために~


 今朝。NHKにて結構衝撃的な番組が放送されていました。安心して逝くために、周りに迷惑をかけないように遺品整理を第三者に委託する高齢者が増えてきたとのことです。また遺品整理を担う企業があるようです。その費用は15万円。死後は全て処分などの手続きをとってくれるそうです。死後のことを考えることは、私には考えられません。自らが望むように死に臨みたい。家族に迷惑をかけたくない。本来は家族に見守られ、家族がになってきた役割を第三者に依頼する人たちが増えてきたとのことです。死んだあとに遺族に迷惑をかけたくない・・自分のことは自分でやる・・・苦しい時代だから・・若い人たちの苦労がわかるが故に自分で全て生前に整えておく。自ら墓も用意している人もいます・・・自分のことは自分でやっていく・・自分で生きて自分で死んでいく・・番組の一人一人の言葉の衝撃。
 どのように社会に対して貢献してどのように活躍していくか!!可能性に満ちた毎日をしている自分はなんと幸せなことか・・独居老人が増え、子供たちとも離れて住んでいる人が多いことは、東北の支援に行っていて実感しています。地方においても都市型の街も増えている現代においては、何処でも起こりうる現象です。家族に迷惑をかけたくない・・・その思いが高齢者の意識に高まっている。石巻市雄勝の集落は地元の人たちのつながりが強いです。ご家族が遠く暮らしていても近隣の人たちの中できっと当たり前のように最後も執り行ってくれることが考えられます。ただ独居老人や親せきが近くにいない、普段からつながりが絆ができにくい環境です。絆とな血縁関係があるからできものではありません。血縁関係があるからこそ煩わしさと義務が生じます。第三者のほうが気軽だということなのです。
「みまもり家族制度」身元保証人、相続、普段からのサポート。財団が東京にあるようで年々申し込みが増えているようです。いつか我々も社会の歯車からリタイヤすることになります。仕事をして社会に貢献できている。この当たり前の日常から老後はには果たして自分はどのような心境になるのだろうか?高齢化社会になって老後は長いです。生きがいを持って老後を果たして生きれるか?老後はNPOでもボランティアでもいいので、社会貢献できるような何かに関わっていたい・・人のためになっているということが社会に繋がっている唯一のラインなのかもしれません。

人生の最後を安心して送るために・・・最後や葬式は家族に見送られて終わる。この当たり前のことが揺らいでいる現代。個をつきつめた結果、家族や近所が行ってきたことを第三者が肩代わりする。よく考えれば介護保険などもその典型です。医療過疎地やリハビリ過疎地に対して、なにか行政ができないことを肩代わりする。そんな視点にて社会貢献していくこともリハビリ従事者の視点なのかもしれません。
3.11以来、絆が再考されてきている現代。かといって急には転換することはできませんが、一人一人に芽生えた意識の変化は確実に根付いて行きます。誰もが普段は意識してないまでも、どのように生きていくかという問いに対して、人のためになるような・・二十歳の成人式のコメントでも皆がそう口にします。自分のために、自分の成功のために・・一昔前ならそう言っても当たり前だったでしょう。どんな災害や事件も風化していくかもしれません。しかし一人一人に芽生えた意識は確実に続いて行きます。
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