自然

Category: 多事総論
自然

 立て続けに台風に襲われ日本列島はかき回された感じです。本当に今年は災害の多い、でもまだ今年は終わっていません。テレビでも自然に優しく、と常に人が上目線の発想にて自然を考えてきた。しかし自然が優しくしてくうれているときは人は快適に暮らせている。つまり自然をコントロールしよう、自然を自分のために利用しようとする思考がそもそも間違っているのかもしれません。資本主義社会の大量消費社会の中では自然はあくまで人間の従属物です。言葉でいうのは簡単ですが、自然に活かされているという感覚はなかなか実感できません。自分が生きているじゃないか・・と言いたくなります。自然との共生とは自然に常に耳を傾けるということです。自然を五感にて感じることです。視覚的に絵画のように見ることだけでなく、風を匂いをそしてその切り立つ危険も含めて魂で感じることです。
 今回の台風で気仙沼の仮設住宅でも避難指示が出たようです。仮設住宅でさらに避難とは本当に何と言っていいのか分かりませんが、その住人の人たちの真剣な眼は他地区の避難とはまた違います。「自分の命たのめにまず避難した方がいいですよ・・津波の教訓です」と取材陣を気遣っていました。自然の怖さにそして恵みに、そして感謝の念が湧きます。祈りたくなります。言葉だけでは足りません。
 私も10回余りの被災地への行脚によって、ようやく日常生活でも生きていることを自然を感じることができるようになりました。まるで今までの生活が全てバーチャルであったかのように。コンクリートに囲まれた世界、そして情報に埋もれた社会。自然から離れた価値観で構成された世界。そうは言ってもその恩恵を受けて今があるので贅沢は言えません。
 韓国では若者の自殺が社会問題になっているといいます。そして人間関係の希薄化。核家族化による高齢者の孤独化など、日本とは少し似ているようで違う世界があります。競争社会、学歴社会は日本の比ではないようです。
そして貧困層の極端な生活は日本には考えられません。確かにスラム街のような光景は日本には見られません。
公平に平等に順位をつけない日本社会は時として非難の対象となりますが、格差社会の極端な光景をみると本当に日本は幸せなんだなと思います。
 ということでバーチャルでない、そのままをまっすぐに見ることが本質をみることが大切なのでしょう。

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