入れ込むな

入れ込まない


 久々の更新になりますね。バナーにありますFTFのHPに被災地の活動報告としてあがっていますので近況はそちらでも御覧になれます。

 さて今回のテーマは入れ込まない・・ということです。

臨床において気負ったり、いわゆる気持ちが入れ込んでしまうと患者さんの状態がわからないばかりか効果がでなくなります。

気負う・・スポーツの場面では良く取りざたされることですが、これは臨床においても同じことです。
かえって客観的なスタンスのほうが良かったりします。思い入れが強すぎて上手くいかなかったり、だとしても軽い乗りで臨むと上手く言ったり、そうかと思うと気がねけた見方をしても当然よくならないわけで・・・

その出し入れのむずかしさを痛感します。

その人の背景やあらゆる情報を得たうえで臨床にのぞむのは当然としても、あまりにも施術時にその情報にとらわれすぎても手元に集中てきなくなります。

親や肉親をみるとどうして難しいのか?
それは緊張感やスイッチの入り方の問題です。
やはりお金をいただいたりリハビリ室などの施術の場にこられるからスイッチが入るのです。
栄養士さんが自宅では全く作らない・・いや作る気がしない。
肉親だと途端に治療をする気がおきない・・などなど
やはり心身ともにそれなりの準備をして臨まなければ、自らの能力も発揮できないということだと思います。

サッカーなどでも天皇杯にて高校生に思わぬ敗戦をきっしたりということも往往にしてあります。
リスペクトしてさえいれば本当はしっかりとリードされても対処できたのに・・・
よって格下を相手にした時の試合はとても難しいとききます。

野球のWBCにておいても日本はアジアでは明らかに格上です。
しかし選手からすると、絶対勝って当たり前の相手と言うのはかえって難しいようです。

さて話を戻しますとこの入れ込まないというのは
講師をしていて感じるのですが、セミナーなどのデモンストレーションは相当の効果や変化をだせることは多々あります。確かに公然のなかで結果をだせるということは実力も必要かと思いますが、
それと普段の臨床が比例するかというと決してそんなことはありません。
臨床になると、流石に仕事ですから言ってみればやりがいのある、別の言い方をすればプレッシャーのかかるストレスのかかる行為になります。

セラピスト同士であれば、なれ合っていることもあり思考錯誤をできます。しかしクライアントともなれば相談するわけにもいかず、全ては個人に委ねられます。そのあたりの違いでしょうか?
やはり実際に金銭を授受する関係において、何が提供できるかということがプロなのかもしれません。
趣味の延長線上か仕事としての責任感。その差は物凄く大きいです。

しかし入れ込みすぎるとこれまた実力が発揮できません。
プルペンエースと言う言葉があるように、プレッシャーのかからないところで実力が発揮できても実際の大舞台では力を発揮できないということになりかねません。

私は最近はクライアントに面した時に「入れ込むな!」と自らに言い聞かせてから臨むようにしています。
そうするとスッと集中できて見えてくるものがあります。
リハビリテーションとは全人間的ではありますが、施術となると自分の世界に少なからず入る必要があります。
燃えるような情熱を背景に臨むのか、冷静にそれでいて針をも通すぐらいの気持ちで臨むのか!
それは人それぞれだと思います。

セルフコントロール、セルフマネージメント

日々のバイオリズムがあるなかで、その流れを機敏に感じることが大切です。
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